日本語学校の常勤講師となって、初めての夏休みを過ごしている。

 夏休みと言って授業がないだけで、毎日出勤している。

 出勤日は、夏休み明けの授業の準備、9月中旬の定期試験の試験問題作成、学生から依頼されたJLPT申請の準備などを行っている。私は担当クラスがまだ進学時期でないので、進学相談を行っていないが、進学時期を迎えるクラス担当講師は個々の学生の進学相談で結構忙しい。

 常勤講師には夏休みが3日間与えられている。その3日間夏休みをとると、この3週間の夏休みは出勤週3日ぐらいとなる。

 非常勤講師は授業がなければ、収入ゼロであるが、常勤講師は授業がなくても授業以外の雑用で収入が得られる。

 それが常勤講師になっての一番のうまみだといえる。

 とはいえ、現勤務学校は常勤講師、非常勤講師が足りず、授業が始まれば、常勤講師は基準以上の授業数を担当しなければならなくなる。校長先生はその基準以上分は給料にプラスするといってはいるが。

 日本語学校は仕事が忙しい割には給料がよくない。ボーナスを出す学校も少ない。

 当日本語学校に勤務して2年以上になるが、その間常勤講師2人が辞めた。

 募集しても常勤講師が集まらない。

 現在、一般的に日本語学校では講師が足りないと言われているが。

 

 

 今日25日、常勤講師になっての初めての給料が振り込められた。

 正社員となったとということで、健康保険料とか住民税といろいろ引かれていた。

 手元に残った額は、以前の非常勤講師とあまり変わらない。

 仕事量は増えたが、手に入れる物は非常勤講師と変わらない。

 しかし、非常勤講師の場合、夏休みなど学校が長期休みの時は、授業がないので全く収入がないが、

 常勤講師は学校が休みで授業がなくても、仕事があり出勤する。

 出勤でも授業がないので、仕事は楽である。 それが常勤講師のメリットと言えそうだ。

 常勤講師は授業のほか、担任クラスの留学生の出欠管理、進学指導、テスト問題作成、添削、評価などいろいろな雑事を行なければならない。

 他の常勤講師は昼休みを返上して学生の進学指導などを行っている。

 まだ、私は進学指導は担当していないが。

 60歳から本格的に太極拳を始めて10年以上続けてきた。

 70歳から始めた日本語教師。10年は続けたいと思うのだが。

 

 先週木曜日に、郊外学習で横浜・八景島シーパラダイスへ行った。

 天候は雨が降りよくはなかったが、雨の中、学生たちはそれなりに楽しんでいたようだ。

 八景島へ行く前に、寄り道をして、海ほたるを見学。

 最近ほとんど外へ遊びに行かない私は海ほたるや八景島シーパラダイスも初めてで、学生以上に楽しんだ。

 八景島では、イルカショーを学生全員で楽しんだ後、自由時間に。

 雨の中、ジェットコースターは初めてという、ネパール人学生たちは3回も同じジェットコースターに乗って楽しんだ。

 私は雨を避けて、屋根のある水族館などを見学した。

 私が非常勤講師として2年間勤めていた日本語学校で、6月から常勤講師になることになった。

 常勤講師ということで、今日までに正社員となる各種書類や手続きを済ませた。

 常勤講師としての専用の机やパソコン、ロッカー、棚などが与えられた。

 非常勤講師と比べて、えらく働く環境がよくなった。その分、仕事量が増えるのだが。

 定年退職後の第2の人生を目指すシニア―は非常勤講師が一般的だ。

 常勤講師それも70歳を超えて、常勤講師になるのは珍しい。

 学校の校長から常勤講師の話があった時、70歳過ぎでもいいのですかと、念を押したのだが。

 国家資格の登録日本語教師であることと、現場に慣れていることから採用に至ったということだ。

 現在、日本語学校は転換期にある。

 2029年までに文部科学省による認定日本語学校にならないと、在留資格留学の留学生を受け入れることができなくなる。その認 定条件の一つに、2029年以降は認定日本語学校で登録日本語教師しか教えることができないという条件がある。しかも、留学生40人に一人の登録日本語教師が必要なのだ。

 今の日本語学校は常勤の登録日本語教師は5人。留学生数が約200人。登録日本語教師が足りない。

 今後も留学生は増えるという。現状で認定日本語学校になるためには登録日本語教師が不足している。

 この点が、70歳過ぎの老教師を常勤講師にした理由かもしれない。

さて、あと数時間で2025年は過ぎようとしています。

今年は72歳で、老骨に鞭を打って、行政書士事務所を廃業して、

日本語教師の仕事に奮闘しましたが、

今一つうまくいかず、あれやこれやの煩悩ばかり残ってしまいました。

今年も除夜の鐘が108の煩悩をけしてくれるでしょうか。

平家物語の冒頭に「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり」とありますが、

ある作家によると、祇園精舎は、インドの祇園にあった精舎(修行僧の宿舎みたいなもの)で、

108棟あったそうです。

その精舎の各屋根に一つずつ鐘がつるしてあるのですが、

その中の49番目の棟に一つだけ上を向いている鐘があったそうです。

その棟は病人の僧侶たちの部屋で、僧侶が病死すると

上を向いていた鐘が自然に鳴ったということです。

でも、実際の祇園精舎には鐘はなかったそうです。

お釈迦様をはじめ僧侶たちが、雨季の間、定住して修行する場所が精舎です。

古代インドの精舎は、寺院といったような立派な建物もなく、鐘もなかったそうです。

修行の場であり、雨の凌ぐ程度の建物だったそうです。

私には、東京のはずれの日本語学校が精舎のような気がします。

来年は日本語教師、3年目になります。精舎でより一層修業に励んでいきたいと思います。