ほんと、些細なことだとは思うのだけど、一事が万事というか。母のいいかげんさに(精神的に)振り回されて、ええーってなった一件。
サトイモの美味しい季節になって、宅配野菜のらでぃっしゅぼーやのお野菜セットにサトイモが入ってきました。サトイモ好きな母。
「サトイモが来たから豚汁(けんちん汁)にしよう」と言うから、(平日は私のごはん当番なので)「じゃあ、(私が)作るね」となりました。ほかの材料もほぼ在庫あり。母と一緒に、ニンジンもあるし、長ネギもあるし、お豆腐もあるし…と材料を確認。こんにゃくはなくてもいいよね。「きのこ類は入れる?」と母に聞くと「きのこは入れなくていい」と。「あ、ゴボウがない(けど入れなくてもいいかな)」って言ったら、即答で「ゴボウは絶対入れないと」って。ちょっと言い方が違ったかもしれないけれど、ともかく、「ゴボウはマスト!」って強気でびっくり。
え、そんなにゴボウ好きだったっけ。なんかもう、ゴボウが入ってなければ豚汁じゃない、ってくらいの勢いでゴボウ推し。
なので、その日は豚汁を作るのをやめて、別のメニューにしました。翌日に豚汁を作るので、その材料は使わないように献立を考えて、調整。
翌日、ゴボウなどの食材を調達して、希望通りの豚汁を作りました。うん。美味しい。
ここまでは、別にいいんです。ゴボウが入った豚汁、美味しかったし。
で、昨日は母のごはん当番だったので、「この前のサトイモの残りが少しあるから、なにか作るんだったら使ってね」と言ったら、「じゃあ、また豚汁作ろうかな」って母。「あ、でもゴボウがないよ」と言ったら、「ゴボウなくてもいいよ!」って軽ーく受け流されて、そのまま、ゴボウなしの豚汁を大量に作った母でした。
あのときのゴボウ推しはいったい…。豚汁を翌日にしてメニュー調整をした私の気遣いはいったい…。いや、いいんだけども。なんというか、夕飯のメニューの予定を調整した労力は報われず、水に流されてしまったような徒労感。
それで、まぁ、なんか過去のいろいろを思い出して、母のこういう気まぐれに、常に振り回されてることもストレスなんだよなぁ…って。
私は、生活習慣などのルールを決めたら、その通りに繰り返すのが好きというか、楽なんですけども、母は、同じ事を繰り返すのが苦手。落ち着きがなくて飽きっぽい。この母の性格に気付いたのが、わりと最近(この10年くらい)で、いろんなことが腑に落ちて少し、気が楽になりました。(母が年を取って本来の性格が目立つようになったというのもあるかも)
子どもにとって、親は絶対的な存在で、親の言うことは基本的に正しい。なので、母に、この道具はここに片付けて、この料理はこういうやり方で作るのよ、って教わると、「そうかー」ってその通りにやるわけです。でも、しばらくすると、母が片付けて、と言った場所にその道具がなかったり、教わった方法と違う方法で母が料理をしているんです。
で、私は混乱。母としては、言ったことなんて忘れてます。決してウソを言ったわけではなく、その時点では、母のスタンダードだったんです。が、飽きっぽいので母自身が、そのやり方を変えてしまう。こちらは仕様変更されたことを告げられないので、混乱してしまって、バグる。その繰り返し。
子どもの頃、よく、ハサミなどの日用品がなくなって、母が探すと出てくる、ってことがありました。母は探し物がうまい。ってずっと思っていたんですが、今考えると、同じ場所に片付けられてなかったから、なくなるし、それを別の場所に片付けてしまったのが母だから、母が探すと見つかることが多かったんでしょう。
年を取ってから、過去のあれこれの理由が分かるってことがあるんだなぁって、しみじみしてしまいます。
なのでね。母の言うことを真に受けすぎて徒労感に見舞われないように、適当に聞くことにしてます。けども、母の圧力に押されてつい、こちらの希望を我慢して母の希望を通してしまう。そして、あとでちゃぶ台返しされて、虚無感に襲われるのです。
もう、そういう運命だと思って、受け入れるしかないですな。がんばれ、わたし。
らでぃっしゅぼーやのお野菜、美味しいです。まずはおためしセットからどうぞ。最近はお惣菜やお魚もよく買います。
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【今日の撮影機材】
カメラ:FUJIFILM X-T20 → 価格.com
レンズ:XF80mmF2.8 R LM OIS WR Macro → 価格.com
date:2023/10/19
※写真は縮小しています。