
しかし、なんというか、「道具」ってついつい探求してしまいがち。「文房具」とか「調理器具」とか「裁縫道具」とか「工具」とか「画材」とか、なんかもう見ているとそれだけでワクワクしてきてしまいます。これ何に使うんだろう、とか、こんな便利な道具があったのか、とか、なんか形が面白い、とか、道具を手入れする道具、とか、想像して楽しめます。
人々が、合羽橋に惹かれるのもよくわかる。調理道具って身近だし、使い方がシンプルだし。
文房具の場合は、使い勝手と同時に、見た目のデザインなども相まって、コレクション的に集めてしまうけれど、調理道具の場合は、基本的には機能重視。工具なんかもそうかな。
お裁縫道具は、道具も楽しいけれど、素材というか、材料そのものも集めてしまう。…だからイケナイ。私の部屋の荷物の半分くらいは「材料」…。布とか、ボタンとか、紙とか、袋とか…。
あ、そうそう、梱包材や包装紙みたいなものも、ね、集まっちゃいますよね…よね…。
そうだ、園芸用品なんてものもあった。植木鉢とか、庭の装飾品とかも含めると、これも魔境。
カメラとかパソコンとか、機械系もあるし、ほんと、モノって危険です。気付くと増えています。捨てているはずなのに増えています。おかしいです。不思議です。

そういえば、チワワの小太郎を飼いはじめたときにはペット用品がどんどん増えました。お洋服、おもちゃ、キャリーバッグ、ペットハウス、ペット用クッション、フード用の保存容器、などなど。最近はほとんど遠出でおでかけしないから、おでかけ用品はお蔵入りしています。クッションなども人間用と兼用になっていたり、人間のお古だったり。
道具も、いろいろと試す時期が過ぎると、自然と淘汰されて、お気に入りのものだけが残ってゆきます。キッチンも、画材も、手芸用品も。そうして、馴染んだ道具に囲まれるのも、なんだか幸せなことです。
うちの母は、飽きっぽい上に安いものが好きなので、いい物を長く使う、という習慣がありません。なので、キッチン用品など、汚くなってくるとすぐに捨てて新しいものを買って来てしまいます。安いものでも、せっかく馴染んだ道具を買い換えられるとがっかり。長く使えるものを丁寧に手入れしながら使いたいのに、いいお鍋を買っても「重い」「使いにくい」と言われてしまうのでした。
そんなわけで、うちのキッチンには、母が買ったものと私が買ったものが混在していて、結果的に道具が増えてしまっているという不経済なことになっています。キッチンの「主(あるじ)」が二人いる状態だから、仕方ないですね。