今日は、私が関わってきた仕事「営業職」のことを話してみたい。


平成4年に、今のネッツトヨタ南国(当時はトヨタビスタ高知)に営業スタッフとして採用されて以来、生保業界などでも営業という仕事をしてきた。


途中、家業をついで経営をしていた時も含めると、営業的な仕事をかれこれ20年以上してきたことになる。


そして、今になって「営業という仕事」について考える事が多くなってきた。


そんな私だが、トヨタの車を販売していた時に一番意識していたのは、いわゆるニーズ喚起をどうするか、だった。


時間をかけながら、あの手この手でニーズを喚起して、少し沈んでいる「購買への想い」を引き上げて、まずは「車を買うこと」について真剣に考えてもらう環境を造る。


その後、競合を避けながら、一気に、契約まで結びつける。


これが、店頭スタッフとして仕事をしていない時の、私たちの営業のやり方であった。


だから、とにかくお客様と接点を持ち続けなくてはいけないし、お客様の心境の変化のタイミングをつかみ、確実に「その場」に遭遇しなくてはいけない。


それを会社がバックアップするのがCSという考え方であり、それにより競合を少なくしたり、条件面での敗戦を少なくする。


今のネッツ南国がそういう思想かどうかは定かではないが、当時の私たち営業スタッフはそのために毎日をどう活動するかばかりを研究していたのだ。


しかし、今、FPという仕事をして、とても後悔していることがある。


それは

「なぜ、もっと、お客さまのライフプランを第一に考えた営業をしなかったのだろうか?」

ということだ。


営業という仕事は結果を求められるし、その見返りが仕事へのモチベーションになるのは事実だ。


しかし、それに心がとらわれすぎていると、「まずは結果をだそう」という発想になってしまう。


つまり「こちらが肯定的な答えを準備して、それをお客様に納得してもらう」という思考に陥ってしまうことになる。


上手く行っているときにこのスパイラルは心地よいものだが、一度、実績が下降してくると、さらに「結果を求める活動」が中心になり、その結果「売りたい病」にかかってしまうのだ。


最近は、我家にも沢山のセールスがくるが、特に多いのが太陽光のセールスである。


今まで10人以上の太陽光セールスと話をしたが、全ての人が「売りたい病」にかかっていて、営業職に携わってきた身としては、とても悲しい思いがした。


特にがっかりしたのは

「うちのような環境の場合は(南向きで、日当たりがいい)、太陽光をつけないと損ですよ」

という発想の営業マンしかいなかったことだ。


誰一人として、私の家族状況や、価値観、つまり、ライフプランの話題に触れることなく、「自分が伝えたい事」をひたすら伝えるだけだった。


そう、まるで通販保険代理店のテレマーケティングか、ホームページのSEO対策の電話セールスのように、味気ないセールストークだったのだ。


今、私が仕事をするFP業界のマーケティングは、「いかにして他人の土俵で相撲をとるか」セミナーや「効率よく見込み客を集める方法」に執着したセミナーが人気を集めている。


しかし、私は、営業の本質とは何だろうか、とばかり考えている。


そんな私がさんざん考えて出した答えは

「営業とは、サービスや商品と、お客様とを、確実に、しかもスムーズに、繋ぐ仕事」

というものだった。


なんだ、そんなこと、と思われるかもしれないが、ここで大事なのは、どうすればそのように「繋げる」のか、ということではないだろうか?


果たして、言いたい事をいうだけの営業で「繋げる」だろうか?


今までのように、潜在ニーズにひたすら訴える手法で、あなたは、スムーズに「繋げる」だろうか?


成績が欲しいゆえに、自分の都合にお客様に合わしてもらう営業をしてしまっても、あなたは、本当に「繋ぎ役」となっているだろうか?


トヨタ時代を思い起こしてみると、私が、もっと、お客様との繋ぎ役に徹していれば、車検ごとに、ワンパターンに、「そろそろ買い換えましょうよ」と提案せずに

「今回は車検を受けた方がいいですね。次回にまた買い替えを考えましょう」

とさらっと言えたのかも知れない。


そんなことを考えてしまうのだ。


さらに言うならば、

「誰と、どういうカタチで、繋がるのか?」

ということを常に意識できれば、きっと、面白い展開が待っているのでは、とも考えている私だった。








先日、小学5年生のわが娘が、地元の神社の奉納相撲大会でいい成績をおさめたら、回転寿司で美味しいネタを腹いっぱい食べたい、と嫁さんに申告していた。


で、結果として奉納相撲大会で3位になり、何となく恐怖を感じながら、家族で、某ス○ローよりもネタが美味しい、とある回転寿司のお店に行った。


そして数時間後、ほんの少し青ざめてカードを切る私。。。


帰り道「美味しかったね!」と賑やかな後部座席を、ミラー越しに見ていて、ふと思ったことがある。


それは「お金を使うことに対して、なぜこんなに感じ方が違うのだろう」ということだった。


少し説明しよう。


お金を出した私は多少のショックを受けていて、「ああ、イタい出費だなぁ」と感じているが、こうして美味しいものを食べてとても喜んでいる家族が一方ではいる。


本来ならば、私は「皆が喜んでくれてよかった」と思えばいいのに、それを自然に思えない自分は「お金の使い方」を勘違いしているのではないだろうか、と思ってしまったのだ。


では、どう考えれば、例えば、皆が「嬉しくなる」のだろう?


それを夜中の3時まで考えてみた。


この私の例で考えると「家族全員が笑顔になるくらい、ここで美味しいものを食べれて良かった」ということだけでいいのではないだろうか?


つまり「自分以外の人が幸せになるように、お金を使った」ということなのかな、と。


この思考法を基本に置くと、実は、「楽しく」お金や時間を使うことができそうな気がするのだ。


例で考えてみよう。


参加費3万円の自己投資セミナーを受ける場合
「自分に投資することで、自分を更に高めることができて、その高まった自分が他の人に対して、今まで以上にいい影響を与える事ができそうだ」


仕事の成果を考える時
「自分への利益が最終の目標ではなく、仕事で人に利益をもたらして、その結果自分にも利益がもたらされる、と考えていますか?」


知人とカフェであうこと
「自分だけが楽しく過ごせればいいや、ではなく、相手に楽しんでもらうことをまずは第一に考えれば、自ずと自分も楽しい時間が過ごせるのでは」


地域のボランティア活動に参加する
「自分の大事な時間を地域のために使うことで、地域を元気にする事ができて、その結果、地域の方から自分も元気がもらえる」


なかなか続かないダイエット
「自分が健康になるだけでなくて、スッキリした自分を見て、パートナーや家族も嬉しく思うし、仕事上でも、お客様が気分よく会ってくれる、と考えるならば挫折しないかも」


などなど。。。


こんなことわかっていますから、という人には凄く申し訳ないと思うのだが、当の私は「鱗が落ちた」のも事実である。


45を過ぎてこんなこと言っていいのかわからないが、「お金の使い方はやっぱり難しいなぁ」と思う今日この頃である。


ではまた。


皆さんは自分のことがお好きでしょうか?

ナルシストという意味ではなく、「自分という人間を好きでいられますか」という意味で、です。

例えば、人生には、自分の意思とは関係なく、「アクシデント」や「困りごと」が発生します。

病気になって長期入院してしまった

仕事が上手くいかず、貯金が目減りして心配で

こういうことが起こるには、それまでの「生き方」が少なからず影響しているのは皆さんもご納得のことでしょう。

あの時、ダイエットをしたらよかった

会社を辞めて独立なんかしたから

こう思ってしまう「分岐点」が必ずその人の人生にあるものです。

しかし、それは過去のこと。

過去を悔いても、粛々と、毎日が過ぎていきます。

その現実はあるいみ残酷です。

ついつい振り返ったままになってみたり、下を向いて死にたいと思ってみたり、自暴自棄になってしまうかもしれません。

自分も仕事のことでそう考え込んでいた時、TVである人のインタビューを見ました。

その人は、松岡修造さんでした。



私は、高校時代は陸上部に所属していました。

その時友だちから言われたのは

「お前は朝も、放課後も走っているけど、何が楽しいの?」

ということでした。

これを理論的に話すのは苦痛でしたので、一言、こう説明したものです。

「おれ、陸上バカなのよ!」と。

そうです、私は単純に「走る」のが好きだっただけだったんです。

それを言いあらわす適切なことばが「陸上バカ」でした。



TVの松岡さんはこう問いかけていました。

「困難な事に向かい合ってしまった時、ああ、もうだめだっ、て弱音を吐いてしまいますよね。でも思うんです、お前はそれくらいしか自分を信じていないのかって」

はっとしました。

私は自分を「信じている」だろうか?

できない、むつかしい、もう無理だ、逃げ出したい、と言ってしまうような方向にわざわざ自分を向けていないだろうか、と。



仕事柄、よく思うことがあります。

家計相談を受けて「大丈夫ですよ、あなたのライフプラン、実現できそうです」とシミュレーション結果を報告した時の、皆さんの嬉しそうなこと。

帰り際に、「そうですか、これからもがんばります」という時の力強さ。

人はどういう形であれ、自分に自信をもつことができれば、顔を上げて、力いっぱい生きていく事ができるのです。

そういう状態に常に自分を置くことができれば、きっと下を向いて落ち込むなんてことを忘れるはずです。

その簡単な方法が「自分をうんと好きになること」、つまり「自分バカ」になることではないでしょうか?



松岡さんが言っていたもう一つは、

「Whyではなく、Howと考えましょう」ということでした。

つまり「なぜできないのか」ではなく、「どうすればできるのか」と。

お金の問題は奥深く、簡単に解決できることばかりではありません。

しかし、あなたが立つ「前提」が否定的立場か肯定的立場かで、その後、好転するかしないかの分岐点になります。

あなたが「自分バカ」になれるように、あなたにアドバイスできる「お金の専門家」でありたいと思いました。

ではまた、お会いしましょう。