皆さんこんにちは。


来る3月15日、高知市高知県民文化ホールの多目的室第9にて、無料のマネーセミナーを開きます。


テーマは

「保険で損しないために、あなたに知ってほしいこと」

となりますが、なぜ、このテーマにしたかをお話します。


少しづつ景気回復が見て取れますが、実際にライフプラン相談、家計相談をお受けしていて感じるのは、


「これでもまだ漠然とお金に不安を感じる」


という人が多いということです。


それでは「ゴンゴン働いて、ゴンゴン稼いで」を実践すればいい、とお感じになるかと思いますが、実際にはこれ以上ゴンゴン追加で働けない環境だったり、転職や起業をするまでしたくないなぁ、という想いがあるのは、ごく自然な事でもあります。


では、どうすれば、老後資金や教育費などを無理なく「増やす」ことができるでしょうか?


それを考えるときに、必ず取り上げなくてはいけないことに


生命保険料の払いすぎ

住宅ローン金利の負担しすぎ

通信費の工夫をしなさすぎ


の3点が挙げられます。


これらの改善に取り組むことができれば、あなたの「増やすための原資」が増えて、それをあなたらしく運用することで「ゴンゴン就業や「きつきつ節約」から開放されるのではないでしょうか?


そういう考えから、今回は、保険料の払いすぎにつながりやすい「考え方」や「いままでの常識」を少しでも変えていただくきっかけをご提供したいと思い、この企画をしました。


この講座でお話しすることには、私が有料相談お話することが沢山含まれます。


是非とも多くの皆さんのご参加をお待ち申しております。


お申し込みは、こちらから(こくちーず)

NTTイフでのお申し込みはこちら (四国からおえらびください)










こんにちは、石川です。


アベのなんとかで、少しは懐が温かくなった人もいらっしゃるでしょうが、私が住んでいる高知県では、株や投資信託や変額保険で美味しい想いをした人ばかりでもなく、また、大企業のサラリーマンが多いわけでもなく、なんとなく「あまり変わらないなぁ」という閉塞感をもたれる人がほとんではないか、と思います。


というタイミングで、丁度高知新聞のインタビューがありましたので、家計の専門家という立場から、言いたい事を言わせて頂きました。


高知新聞「62万人の声・社会保障の先行き示せ


この記事では、社会保障全般のことに触れているようになっていますが、実は私がこのインタビューで声を大にして言いたかった事は


「生活保護費の件と、生活困窮者自立支援事業のこと」

だったのです。


今回は、その件に少し触れてみます。


まず、生活保護費のことです。


先日の新聞でも触れられていましたが、冬季加算や、住居費が削られるようです。


<生活保護>住宅扶助190億円減額 17年度、厚労省


私は実は、生活保護世帯の人に「日常生活自立支援事業」の生活支援員として、毎週わずかな金額のお小遣いを渡しにいっていますし、もっと厳しい環境で暮らしていた生活保護の人を知っています。


また、私の知人も事故にあい、先日、生活保護の申請をしたばかりなんです。


生活保護世帯への国民の不満は、その大半が不正受給者への非難なんですが、実は、そういう人たちばかりでなくて、本当に困窮していて、この生活保護制度で救われる人もいます。


しかし、その一方で


「生活保護費で暮らしている人よりも、年金生活の方や母子家庭の方が金銭的に苦しいのはおかしいのでは?」


という意見もあり、それが「生活保護費を支払いすぎでは?」「生活保護費を貰った人になぜ金銭教育や使い方の指導をしないのか?」という意見に繋がっているのも事実です。


しかし、生活保護の現場で支援をしている経験から言えることは

「生活保護費が高いのではなく、他の社会保障制度(年金など)が低いのでは?」

ということです。


さらに、この生活保護費の件と関係が深いのですが、もう一つの、生活困窮者自立支援事業の件でも私としては提言したい事があります。


皆さんがご存知かどうかわかりませんが、平成27年度(4月)から、日本中で、先ほどの生活困窮者自立支援事業がスタートします。


私も高知県社協といっしょに、この事業のモデルケースとして、11月から「家計相談事業」の方を担当しています。


この事業は、簡単にご説明すると

「今後、生活に困窮しそうな人(予備軍と言えばいいでしょうか)にこちらからアプローチして、その人が今後、生活保護などの困窮者にならないように、就業などの支援をする」

というものです。


詳しくはこちらのリンクを読んでください。


もちろん、制度の狭間で苦しんでいる人に手を差し伸べる方法がなかったわけで、そのためにも有効な社会福祉上の制度だと思います。


しかし、今後、生活保護費が削減されるというニュースがありましたが、実際のところ、生活保護費が膨らみすぎていて、これ以上増えないように出来ないだろうか、ということも当然含まれていると思いますが。。。


この生活困窮者自立支援事業は、就業への橋渡しをする貧困の連鎖を起こさないように子どもへの学習支援をする衣食住の支援をする、そして家計相談する、などの事業で構成されていますが、実は、私が関わっている家計相談事業は任意事業で、任意=しなくてもいいものなんです。


ここが私には全くわかりません。


なぜ、家計相談が「必須」でないのか。。。


そもそも困窮者は「何らかの事情」で、「家計が崩壊して」いるからこそ、困窮しているのです。


就業を成功させて、それでおしまい、で本当にその人が「生活困窮から完全に抜け出せた」といえるのでしょうか?


家計の勉強をしないまま、数年後に似たような「環境」に逆戻りしてしまわないでしょうか?


予算的なことや、マンパワーのことが「任意」事業になっている原因だと思いますが、生活保護費の使い道に「こだわる」ならば、これにもいい意味で「こだわら」ないとおかしいのでは、と思います。


生活困窮者や生活保護者は確かに「今日や明日」「今月や来月」をどう生き抜くかという「支援」も確かに大切ですし、それには「短期的な」視点で支援すればいいのです。


例えば

「勿体ないからお金を使わないで」

とか

「それを買うと、他のものが買えないよ」

とか。


しかし、仕事を始めて、生活保護や生活保護に準じた状態から抜け出せた時、次にどんな家計の目標が生まれますか?


それには「短期的な」支援だけでなく、ライフプランを立てた上で、それに向かって家計を維持するという「中・長期」的な支援=アドバイスが求められます。


ですから、是非とも、家計相談事業を多くの市町村で取り入れて欲しいと思います。


それができてこそ、支援される人も「安心して」羽ばたけるのではないか、と思うからです。


えらく長い文章になりましたが、活気ある地域を造る、支援が行き届いた街を造るチャンスですので、本気で取り組んで欲しいと思います。


ではまた、お会いしましょう!








こんにちは、石川です。


お正月も3日目ですが、どんな毎日をお過ごしでしょうか?


この3日間に毎年恒例の行事があります。


一つ目は、親戚の家で、皆で飲んで、騒ぐことです。


子供達も従兄弟と触れ合ういい機会です。


もう一つは、今回のテーマでもあるわけですが、気の置けない旧友数人と会うことです。




旧友におこったこと、そして自分が何ができるのか、ということ


この旧友たちは、中学校からずっと付き合いのあるメンバーで、過去をわいわい語り合うだけでなく、本人のためになることも「ずばっ」と言い合う間柄です。


盆と正月に会うようにしていますが、メンバーが全て揃う事も、高校卒業30年経つと、少なくなってきました。


私にとって、このメンバーはとても大事な「仲間」「戦友」のようなものなんですが、そう感じるのには理由があります。


私、高校卒業後、何を血迷ったのか、東京で浪人生活をすることにしたのです。


詳しいいきさつは省きますが、簡単に言うと、修学旅行で、「東京の魅力」に取り付かれてしまったのです。


そんな私は、東京の浪人中に、受験の失敗から「引きこもり」状態になってしまいました。


しかも3年間も!!


結果的に3年かかり、やっと大学に入学しましたが、私はいわゆる「地方の進学校」の出身なので、その自堕落したような「なりの果て」をさんざん皮肉られたものですし、そういう私から離れていったかつての同級生も沢山いました。


しかし、このメンバーは、そんな私を見捨てることなく、今まで通りに付き合ってくれました。


ですから、私にとってはとても大事な人たちなんです。


そんな仲間の一人に、昨年、大きな災難が降りかかりました。


仕事中に労災事故にあってしまい、下半身を数箇所骨折して、長期入院してしまったのです。


彼に昨年会った時のことは、強烈なインパクトで憶えています。


杖が手放せなくなり、数メートル歩くのでも苦痛に顔がゆがんでいました。


リハビリもしていましたが、それも上手くいかず、苛立ちが最高潮に達していました。


事故のショックからか記憶も曖昧で、頭もうったらしく、ぼーとしていて、彼の顔には笑顔が消えて、まるで鉛色に見えたのです。


長期入院を終えて、実家に帰って来ていたので、飲みにも行きましたが、自暴自棄になっていて、いつものメンバーも心配していました。


次の日、実家で寝ている彼を訪ねました。


ご高齢のお母さんが「何とかしないといけないけど、私も体調が悪いので。。。」と心配していたのが、心に突き刺さりました。


なんとかしないと。


どうしよう、なんと声をかけよう。


暫く、無言の本人の横で、考えました。


「とりあえず、ここで少しずつ、リハビリしたら、お母さんも安心やし」


無言でした。


そうだ、何か気がまぎれることを。。。


彼の趣味を思い出し、その趣味を行かせるボランティアでもしないか、と誘いました。


高齢者や、障害のある人に、逆にサポートすることで何かを感じてもらえれば。


無言でした。


その時に私が作り上げていた、福祉分野での人脈を駆使して、何とかできないだろうかと、それからもいくつも提案しました。


「色々、すまんねぇ。でも、今の体では、そんなこと考えられないから」


そうです、私には彼の「痛み」「悲しみ」「恐怖」「後悔」「諦め」などの感情が理解できるわけがありません。


出すぎたことをしてしまった。。。。


凄く心配でしたが、ひとまず、別れました。そして、時間が解決できる可能性にかけることにしました。


その彼に暫くぶりに、仲間との新年会で会いましたが、そんなことがあったことすら思い出しませんでした。


そうなんですね、凄く「元気」だったのです。


大声で笑い、冗談をいい、歌い、数時間を過ごしたのです。


その事実に気付いたのは、かなり酔いが回ってからでした。


2人でタクシーでかえっているときに、彼がこういいました。


「あの時はありがとう。いろんなことを勧めてくれて、本当にありがとう。あの時はそれに応えることが出来ずに、本当に申し訳なかった。でも、ちゃんと聞いていたよ、全部」


胸が熱くなりました。


よかった、伝わっていたんだ。


凄く迷惑ではないかと思ったけれど、自分のできることをなんとかできないだろうか?


その想いだけで、あの時は喋りました。


でも、よかった、本当に。




奇跡を諦めるのは、いつでもできる!!


私には軽度知的障害の小学生の娘がいます。


発達が遅れているので、色んなことができません。


その娘に対して

「これ、言ってもわからないかもしれない?」

と諦めることもあります。


しかし、彼の一件で、眼が覚めました。


確かに、今は、親が必死でサポートすることに、彼女は自分の気持ちを言い表せないのかもしれません。


それゆえに、どんな想いなのかがわからず、彼女に伝わっているんだろうか、と心配になったり、不安を覚えたりしてしまいます。


でも、彼女の想いを数年後に聞く事ができるかもしれません。


その時期が「今」ではないだけかもしれません。


そんな事を今回のことで学びました。




以上、新年の奇跡のお話でした。


ではまた、お会いしましょう!