おかしい。性転換するなんて話は聞いていない。
 いや、性転換は手術すれば現代技術でも十分可能なはずで、むしろ獣化の方が驚くべきことなのだが、この面子では獣

化が当たり前で、性転換は前例がないというややこしい自体に陥っている。
「珍しいねー、性転換なんて」
 日和がそう言いつつ、股間のあたりをまじまじ見てくる。
 妙に恥ずかしい。
「女? 女の子?」
 僕の頭は獣化できたこと以上に混乱していた。
 それだけ変化のカテゴリーの中で、男女変化は重要なパラメータを占めているのだ。
「どうなっているのがすごく気になるよ、僕……」
 ユイが興味津々。
 あまりに熱視線を送られて、僕は顔が熱くなる。
 何故、顔が熱くなる? 男に対して?


「あぅ……」
 人間時の僕は男で、変身時の僕は女。
 今は女になっていて、この場合、女の子に見られて恥ずかしがったらいいのか、男に見られて恥ずかしがったらいいの

か……考えれば考えるほどよくわからなくなってきた。
「ア、アキの頭がぐわんぐわん回ってる!」
 ツバキに指摘されても僕はどうしたらいいのかわからない。
「いやはや、これは面白い! アキ、安心して、あたし、獣化して性転換しちゃう子、他にも二人くらい知ってるから。ちょうど男→女と、女→男になる子が他にもいる」
「! ほ、ホント? 僕だけじゃない?」
 僕は他にもそういうケースがあると聞いて、少し安心した。
「ね、ねぇ、ぼ、僕は一体どっちなの? 男? 女?」
 僕は必死になって日和に聞いた。
 あれ、おかしいな、言葉遣いも女の子ぽくなってる?
 もしかして僕は今まで男として間違って生きてきたのだろうか?


「うーん……アキは……女の子だ!
「えぇっ! 本当!?」
「うん、間違いない」
 日和に断言された。僕は女の子だったのか!
 それじゃあ、さっきのシズとのキスもただのスキンシップ?
 なんだ、泣き損だったじゃないか。しかし、そうなるとあの行為は……つまり、百合……
「こらこら、日和、からかうな。アキはだろ」
 ハルがいつもの感じで日和に言う。
「男? やっぱり男?」
「いんや、アキは女の子!
 日和は男なわけないだろと腕を組んで言い切る。
 どっちでもいい。どっちでもいいからどっちかにして!
 男女どちらにも属さないというのはすごく不安定になる。


「アキさん、アキさん、にひひ」
「な、何? 日和……」
 日和が怪しげな手招きをする。
「今日は女の子部屋においで。女の子のヒ・ミ・ツ。いろいろ教えちゃうぞぉ☆」
「お、おお、おおお女の子の、ひひ、ヒミツ!!!!!????」
 考えただけで鼻血が出そうだった。出そうだったが鼻血が出ない……
 つまりこれは、僕が実は女の子だったということを物語っている?
「よいしょ。ひひっ。それじゃあ、アキはこっちにもらっていくよん」
「わわぁっ!」
 僕は日和の腕に抱きかかえられた。柔らかな胸の膨らみが小さくなった僕の体の全身に当たって……なんというかいろいろ恥ずかしい。


 いやしかし、僕は女の子なんだから、赤面するのはむしろおかしい?
「僕も女の子部屋行くー」
「こらこら、ユイ。お前は正真正銘、男だろ」
「うー、話してよ、徹夫くーん」
 ユイが徹夫に首元を持たれてジタバタ。
「それじゃ、今日はここでお開きね。また明日!」
 日和はそう言って、僕を拉致していく。
 混乱している僕は為すがままに身を任せるしかなかった。

「これ……どう思う?」
「……どう思うって……どう見てもないだろ……」
 意識が戻りかけたとき、周りから動揺した声がした。


「ん……」
 目を開いたら……みんなデカくなっていた。
「うわあぁぁぁぁっ!」
「きゃあああぁぁぁ!」

 僕が驚いて大きな声を発したのに反応して、女子数名が驚いた声を出した。
「はぁ……はぁ……もう、驚かさないでよ……全く、アキの獣化は心臓に悪いわ。血を吐きながら変身とか今まで見たことも聞いたこともない」
 彩音が文句を言いたげな口調で僕に言う。
「そ、そんなことを言われても……」
 僕は布団の上に仰向けに寝かされていたようだった。
 腰を起こそうとしてお尻につっかえる大きなものがあることに気が付いた。


「……シッポ……」
 シッポがある。
「……」
 手が短い……というか前足?
「……?」
 起きて頭がよく回らなかった。
 そう言えば、倒れる前、すごく苦しかった気がする。
「アキ、ほれ」
 徹夫がそう言って手鏡を僕の前に置いた。
「……タヌキ……」
 手鏡に映った僕の姿は一匹のタヌキだった。
「本当に……僕は……変身したんだ!」
 嬉しいようなそうでないような奇妙な感情だった。
「アキ……嬉しそうなところ悪いけど、獣化以上にもっと大変なことが……」
 徹夫がそう気まずそうな顔をして言う。
「え?」
 何が起きたというのだろうか?


「その……股間……見てみろ」
 そう言って、ちょいちょいと鏡の下の方を指す。
「股間……!!?」
 見た瞬間は獣毛に覆われていて認識できなかった。
 しかし、見ていて膨らみがないことに違和感を覚え、前足で触ってみる……
「ない……」
 僕にあるべきものが然るべきところにない!!
「こ、これは……?」
 僕は自分で受け入れることができず、周囲に説明を求めた。
「アキは……タヌキの女の子になっちゃった……みたい……」
 すると、複雑な顔をして日和が言う。
「えっ……えっ……ええええぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!

「んんー」
「んんー」
 二人で何かジタバタする。
「っはぁ……はぁ……」


 ドックン ドックン ドックン――


 横にごろんと回転してシズを離した。
 イキナリのことで、胸がドキドキしている。
 床には僕の鼻血が垂れていた。
 僕は襲われないようにすぐに立ち上がった。


「あーあ、鼻血なんて出しちゃって。クスクス。どうだった? 初めてのキスのお味は?」
 日和がニタリと笑いながら聞く。
「ひどい……」
 シズは頬を赤らめて床に顔を伏せている。
 キスした。キスをしてしまった。
 意図せず、シズに強制的にファーストキスを奪われる形となった。
「あれ? おかしいな。変身しないね」
「ひどい……みんな、ひどいよ!
 僕の頭の中はごちゃごちゃだった。
 女の子にキスされたら……そりゃあ、嬉しいことは嬉しいけど、誰でもいいというわけではない。
 シズが嫌という訳ではない。
 悪乗りでキスしなければならないこの状況が嫌だった。
 女の子は苦手だったけど、最近それも薄れてきたのに……
 これは……この状況は……弄ばれているとしか思えないじゃないか!


 僕は滴る鼻血を袖で拭き取った。
 いろんな感情が湧き上がって震える。
「刺激が足りなかった? うーん、でもこれ以上は……」
「日和っ!!!」
 僕は怒りに任せて大声を出した。
「ど、どうしたの、アキ……」
「どうしたもこうしたもないよ!」
 うまく言いたいことが言えない。
「ご、ごめん……あ、あたしはアキが変身できるようになるかなって……」
「……」
 違う。何か違う。そういうのではない。
 日和がそう考えてくれているのは嬉しい。けど、それとこの状況は何か違う。
「や、やりすぎたかも……ご、ごめん……」
「……」
 気まずい雰囲気が漂う。
 違う。僕はこういう雰囲気にしたいわけじゃない。


 ドック ドック ドクドクドクドク――


 シズがどんな感情で僕にキスをしたのかはわからない。
 顔起こさないシズは床に小さく丸まって泣いていた。
「……」
 逃げ出すのはよくない。
 しかし、今、この場にいたくない


 ドッドッドドドドドドドドドドド――――――


「うぁっ」
 この部屋から出ていこうと動いた瞬間、激しい動悸が襲って、僕は意識が一瞬飛んだ。
「はぁっ……はぁ……」
 動悸が激しい。苦しい。体中の血が沸騰しているかのように。
「どう……した……」
 ビクビクと体が痙攣する。
「ア、アキ……?」
「な、どうした?」
 周りからメンバーの声が聞こえる。
 しかし、その声に応えられない。
「うぐうぅぅぅぅあああああぁぁぁぁー!」
 全身に電撃を喰らったかのうような衝撃。
 息が……うまく……できない
「かはぁ……あぁ……ああああああ


 喉が血生臭い。床に血が溢れていた。
「痛……あぁぁぁっ!
 体中がざわめく。おかしい、僕はどうしてしまったのか?
「あぁぁっ……熱……イ゜ダイ゜」
 肉がビリビリと引っ張られるような感覚。
「はぁ……あぁ……!」
 腕に毛が生えている。
 じわじわとカラダを侵食するかのように、獣毛が。
 それを見て僕は思い出した。
 狼少女の不思議な声を聞いたあの日、僕は獣毛が腕に生えていたような気がした。
 見間違いではなかった。
 ミトオシサマの言うことも本当だった。
 僕も本当に変身することができたのだ。


「はぁ……はぁ……はぁ……」
 さっきまでの感情が吹き飛んでいく。
 今はとにかく自分が変身していることへの驚きと、体の苦しみに耐える感情しか起きない。
 体中の細胞が変化していくのが自分でよくわかる。
 メキメキという音さえ聞こえている気がする。
「うあはあっ!」
 お尻側にこそばゆい感覚が。その感覚は大きくなっていく。
 シッポが生えてきているようだ。伸びていくシッポはすぐに下着に当たり、行き場を失う。
 行き場を失ったシッポは下着で擦れ、なんとも言えない痛がゆさを僕に伝える。


「いいいやああぁぁぁっ」
 耳の形が変わっていく。聞こえる物音が複雑化する。耳の中がこそばゆい。もごもごしたこの感じは、耳毛が伸びてい

るのだろうか?
 僕は自分の全身が見えない。何になろうとしているのかがわからない。
「はうっ……!?」
 鼻先が引っ張られる感覚がする。視界の先にヒゲのようなものが伸びていくのが見えた。
 ミトオシサマは僕はタヌキになると言っていた。
 確かに腕の毛の色合いを見るとそんな感じだが……
 体の痛みは激しさを増す。
 おかしい、どう考えてもおかしい。
 どうしてこんなに苦しいのに、みんなはあんなに平然とすぐに変身したり戻ったりしていられるんだ?


「アキが……変身している……」
 みんなに囲まれて見守られながら、僕は変身していく。


「あぐうぅぅ」
 あまりの苦しさに歯を強く噛んでしまう。
 ギリギリ噛む音は呻き声と合わさって、獣の唸り声に似ている。
「はぁはぁはぁ」
 指の関節がなくなっていた。
 かわりに鋭い爪と、手の内にはマルイ肉球。
「イタタタタタタ!」
 手足の関節が逆に曲がる。すごく痛い。
「んくっ! あはぁっ!
 股間がぎゅーっと締め付けられる感じがする。
 気持ち悪い。そこにトイレがあるならすべてを放出したい。
「はぁ……熱い……はぁはぁ……」
 頭がぼんやりする。
 体が内側に引っ張られるような感じがすると、周りの景色が大きくなっていく。


「?」
 着ている服がゆるむ。周りが大きくなっていくのではない。
 僕が小さくなっているんだ……
「はぁ……はぁ……はぁ――」
 内側に、外側に、体中が引っ張られる感覚に耐えかね、僕はいつのまにか意識を落としていた――

 宿として案内されたところは、藁葺き屋根の伝承園で見たような曲がり屋だった。
 とにかく大きな家。
 男女それぞれ別々の部屋に別れ、夕食まで自由行動らしい。
「なんか、すごいことになってきたな」
 徹夫がポロっとそう言った。
「そうだねー。でも僕はわくわくしてきたよ」
 ユイはポジティブシンキングだった。
「本当に……こんなところがあるなんてな」
 ハルもこの状況に心が追いついていないらしい。
 いろいろ思うことはある。考えることはあるが、僕はさっきミトオシサマに言われたことで頭がいっぱいだった。



「どれ、おなごと接吻でもしてみたらどうじゃ?」



「……」
 なぜ、そうなる。
 気のせいか、あれの後、日和が僕に対してニヨニヨしている気がした。
「どうしたアキ?」
 徹夫が黙っている僕を心配してか話しかけてきた。
「え?」
「いや、なんか難しい顔しているから」
「そ、そうかな」
 とても女の子とキスすることで悩んでいるとは言えない……
「ここの人?たちはみんな人間に変身できるんかな?」
「どうなんだろ? でもカッパの勘太郎とハーピーの音菜はできるって言っていたよな」
「あのクソガキども……俺を舐め腐りやがって……」
 宿に案内してくれたのは、カッパの勘太郎とハーピーの音菜だったが、羽の広げ方も知らないのかと勘太郎に散々馬鹿にされまくったのだった。
 小学生くらいに見えるが、実年齢は全く不明。
 徹夫は勘太郎に馬鹿にされてかなりイライラきていた。


「夕飯できたけぇ、おいでなー」
 部屋の外から宿主の声がした。
 この里にも旅館的なところがあるようで、僕らはその一室を貸してもらえることになった。
 宿の女将は半獣化したカモシカのような姿だった。
 女将に案内されて食事場に向かう。
 すると、既に女子連中は来ていた。
 何やら楽しそうに話している。
 しかし、僕らを見ると、ぴたりとその話をやめた。
「さぁ、たんとお食べぇ」
 女将とその従業員?たちが次々と料理を持ってくる。
 最初はおぉー!と思っていたが、もてなされすぎてだんだん言葉を失っていった。


「すげー、量!」
「う、うん」
 どこから仕入れたのかを聞きたいくらい、山の幸、川の幸がたくさんあった。
「うまい!」
 先陣を切って、徹夫が一口。
 目をキラキラ輝かせて、感想を述べた。
 僕らはそれに釣られるようにして夕食を食べ始めた。
「これは!」
「バリうま!」
 すごく美味しい。みんなでウマウマ言いながら、満腹まで夕食を食べ続けた。

「ふぃー、満足、満足」
 大きな居間には大型テレビがあった。
 ポチッと付けてみたら何故か普通に映る。
 しかも、見たことのある番組。
 ここは地下のはず。どうやってここまで電波がやってくるのだろうか?


 女将に聞くと、電気やガスは人里からごにょごにょして線を引っ張ってきているとの話だ。
 電化製品は人里から買ってきたものらしい。
 人里に出稼ぎに行く住人もそれなりにいるらしい。
 そういう話を聞くと、なんだか不思議な感じがした。
 僕らはしばし、テレビを見ながら満腹のお腹が少し消化されるのを待った。

「なんかさー、異世界旅行って感じだよね」
 彩音がテレビを見ながら言った。
「そうだねー。パスポート作ってないのに海外行けちゃってるみたいな?」
「いやいや、海外どころじゃないだろ」
 みんなでぐだぐだおしゃべり。
 本当に修学旅行にでも来ているみたいな感じだった。
 テレビを見ていると、近くにスススーと日和がやってきた。


「やっぱりあたしの目に狂いはなかったね。アキも変身できるって」
 何か日和はニヨニヨしている。
「う、うん」
「どお? 嬉しい? 悲しい?」
「……」
 どおと聞かれても反応に困った。
 確かに、みんなが変身できて、僕だけが変身できないのはなんだか疎外感を感じていた。
「うーん」
 しかし、実際に変身したことはまだないし、どういう感情になるのかわからない。
「キスしたらいいって言ってたよね。してみる?」
 顔が近い。日和の唇が艶かしく光った。
「……」
「そのだんまりはOKってことよね。よしよし、キシシ……」
 日和は悪戯な笑みを浮かべて一旦離れた。
「……」
 してみるってどういうことだろうか?
 僕は変にドキドキし始めてしまった。


「ほれ、シズちゃん。アキにあつ~いキッスを!」
 僕がいろいろ湧いてくる妄想を振り払っていると、日和が目の前にシズを連れてきた。
「!?」
「シズちゃん、アキが大好きだもんねー」
「……」
 シズは恥ずかしいのか顔を伏せている。
「お、なんかやるんか?」
「公開キッス?」
 徹夫とユイが反応する。
 そして、僕とシズを囲むようにしてメンバーがわらわら集まってきた。
 逃げ場がない!
「ちょ、ちょっと、何? 何なのこれ?」
 僕はかなり動揺した。
「へっへっへー、これはアキがあたし達の仲間になるための儀式なのです」
 日和が見えないマイクを片手に言った。
「儀式?」
「そう。アキに刺激を与えるために! みんなの前でキスをして頂きます!」
「えぇぇぇっ!」
 酒も入っていないのにこのノリはなんだ?
 顔が熱くなってくる。逃げたい。ものすごくこの場から逃げ出したい。


「それじゃー、コールいきまーす。キース、キース!」
 日和がキスコールを始める。
 ちょっと、悪乗りどころじゃないだろ、この強制感。
「キース、キースキース

「キース、キースキース
 みんなもニヨニヨしながらキスコールを送る。ハルは呆れて言葉がでない様子。
 ダメだ、多勢には勝てない……
「シ、シズ! いいの? こんなのでいいの?」
 こんな悪乗りをやめさせる最終手段はシズの拒絶しかない。
 僕はシズに問い掛けた。
「わ、わたしの、お、おっぱ……い……揉んだでしょ、責任取って」
「!!!!!!!!!!!?????」
 シズは意を決したように言って、僕を押し倒してきた。


「え? え? え?」
 僕は訳のわからないままシズに押し倒される。
 日和がにやりと笑う。
 何か、シズによからぬことを吹き込んだに違いない!
「ちょ、ちょっと待っ――んぐっ」
「ん……」
 あたふたする僕を押し込んで、シズの柔らかい唇が重なる。
 僕の鼻からつーと液体が流れた。

 滅ぶというのはどういうことを意味しているのだろうか?
「それはどういう……?」
 ミトオシサマがあまりにもあっさり言ったので、どう捉えるべきか迷った。
「お主らは絶滅に瀕するということじゃ」
 来年は……2012年。
「あっ」
 その手の噂は聞いたことがあった。映画にもなった。
 マヤ暦の終わりだとかなんとかいう話。
 しかし、1999年のノストラダムスの大予言も当たらなかった。
 今回もそんな感じだと捉えていた。
「この世にセイガイが現れる。世界中の生命は一つとなる。そうじゃな、その予兆として……死者が蘇ったりするかもしれのお」
 突拍子過ぎる。実感が全く湧かない。


「本当……なんですか?」
「わの先視じゃ。当たらぬこともある。天啓は当たるも八卦、当たらぬも八卦じゃ」
「……」
 このミトオシサマの言い方はすごく曖昧だ。
「人は……いや、この星の生命は二つに分けられる。選ばれると言ってもいいかもしれんのう。生き残る者と失われる者に」
「……」
 言葉が出ない。
「まぁ、羽を広げるのは悪くはない。どのみち、羽を広げることができなければ、不来方から地上に戻ることはできぬ。しかし、教えるのは明日からじゃ。今日のところは休まれよ。既に宿は用意してある」
「は、はい……」
 これは歓迎されていると受け取ってもいいのだろうか。


「あ、荷物……」
 あの後、カッパ淵から旅館に変える予定だったので、置いてきたままだった。
「それなら、オラが取ってくるべ」
 女カッパが進み出た。
「え、でもみんなの分は重いし……」
「心配せんでもええや。オラは重力を軽減できるけん」
 女カッパはそう言うと、近くにあるタンスをやすやすと片手で持ち上げた。
 そのあっさりした発言と行動に、僕らは口をあんぐり開けて見ることしかできなかった。
「あ、待って。いきなり行ってももらえないかもしれないから、カメラで私の動画取ってメッセージ入れておく」
 日和が女カッパに荷物をもらう流れを説明し始めた。
 いろんな話を一度に聞いた。頭の中で整理する時間が必要だ。
 しかし、僕には一番気になる事柄があった。


 僕もやおよろずのメンバーと同じように変身できるということ。
「ミトオシサマ……僕も本当に……変身できるん……ですか?」
「うむ? どうした、狸の子」
「僕……今まで変身したことが一度もないんですけども……」
「そうなのか?」
「はい……」
「しかし、お主のその姿は体の求める姿には視えん……もしかしたら無意識に変身していたのかもしれぬのお」
「そ、そうなのですか?」
 寝ている間にタヌキになっていたということだろうか?
 しかし、それでも他人から変身していたという話は一度も聞いたことがない。
「きっかけがないのかもしれんのお」
「きっかけ?」
「そう……要は刺激じゃ」
「刺激……」
「どれ、おなごと接吻でもしてみたらどうじゃ?」
「せ、接吻!!!?」
 後ろの方がざわついたような気がした。


 キスで変身とか御伽噺じゃあるまいし……
「ほっほっほ。若いのお」
「か、からかわないで下さい」
「お主は平凡な生活を送ってきたと見える。刺激が足りなかったのじゃ。お主が望むなら、ここで刺激的な生活を送る

のも良いかもしれんのお。ほっほっほ」
「……」
 聞かなければ良かったかもしれない。
 悩み事が一つ増えた。
 僕は密かに憧れていたのかもしれない。
 やおよろずのみんなと同じようになりたかったのかもしれない。
 悶々とした気分の中、ミトオシサマの話は終わり、僕らは宿に案内された。

「そんなに……何で……」
 日和が小さく呟く。その声を近くにいた僕は聞いてしまった。
「うむ?」
 ミトオシサマも日和の変化に気付いたようだった。
「狐の子、どうしたのじゃ?」
「……」
 日和は俯いて口を閉ざす。
 その姿はすぐに伝播し、メンバー全員に忘れていたい現実を思い起こさせたように思えた。
「あたし達は……余命十年もないんです。研究者にそう告げられました」
「ふむ……何故じゃ?」
 ミトオシサマは目を細めて問う。


「あたし達の秘密を知っていて、変身する体質を直す薬を開発しようしてくれている研究者の人がいるのですが、その人は人の寿命の研究にも詳しくて、あたし達の寿命を推定してもらったら、通常の人よりも数倍細胞分裂が早くて、このままだと十年も生きられないと言われました」
「ほお……興味深いのう」
 ミトオシサマはあくまで客観的にそう言った。
「わらの調べてもらった研究者と異なると思うが……わらはみんな通常の人より長生きぞ?」
「……」
 矛盾する二つの答え。どちらが正しいのか?
「そう……なんですか……?」
「お主らはわらに近いように見えるが……ああ、それにしても、お主らは何故、無理やり人の姿に収まっているのじゃ?」
「え……?」
 それはやおよろずのメンバーにとって思ってもみない問いかけだった。


「わから見ると、お主らは無理やり人の形に収まろうとしているように見えるぞ」
「無理やり……人の形に……?」
「わらは人の姿にも獣の姿にもなれる。しかし、どちらの姿になるにしろ、それ以外の姿になるにしろ、体の呼び声に耳を傾ければ、最適な姿を取ることが一番楽だということがわかるじゃろうて。嗚呼しかし、お主らは人の中で生きてきたためか……」
 人は異物を排除する残酷な生き物だ。
 周りに人しかいなかったのなら、自分は人だと思い込んでしまう。
「お主らは人の子じゃ。しかし、お主らは普通の人とは違う」
「そんな……」
 ミトオシサマのいるこの不来方という環境は、わざわざ人の姿を保つ必要がない。そもそもみんな人であっても人の姿をしていないのだから。しかし、僕らの環境は周りに人しかいないために、人の姿をしているのが当たり前と刷り込まれている
 日和は何度も言っていた。一日に一度は変身しないと体がムズムズしてしまうと。それはもしかしたら、本来取るべき姿と異なるために、人の姿に抑えられてきた体の反動かもしれない……
 不来方の住人とやおよろずのメンバーの寿命の違い。それは育てられた環境の違いが大きい。
 そこにいるカッパやハーピーの人達は確かに人の姿になっていない。
 推測するに、変身は体を作り変えることだから、大量のエネルギーがいる。
 不来方の住人は変身する必要性がないから変身しない一方、やおよろずのメンバーは人の姿に収まろうとするために何度も変身を繰り返す。
 命の絶対量を同じとするなら、やおよろずのメンバーの方が数倍燃費が悪い。よって命の削り方も早いのではないだろうか?


「そんなこと……考えもしなかった……」
 体に負担のない本来の姿。
 残酷な現実がやおよろずのメンバーにのしかかる。
 メンバーは今まで知らなかったその残酷な現実を知ったようだった。
 生まれた環境、育てられた環境で人生は大きく変わってしまうのだと……


「あとそうじゃな……お主らはを閉まっておる。何故広げない?」
「……羽?」
「お主らの背中にあるじゃろうが、立派な羽が」
「!」
 背中の羽。生まれた時からある樹状の羽の痣。
「これは……? 確かにあるけれど……広げる?」
 みんなに困惑の色が広がる。ミトオシサマの言う意味が把握できない。
「そうか、お主らの周りにはその羽の広げ方を教える人もおらんだか……」
 哀れみのような顔をするミトオシサマ。


「なーんだ、おめえら! 羽の広げ方も知らんのか! アハハハハ!」
 ここでカッパの子が口を挟んできた。
「勘太郎は黙ってろ!」
 そして姉に大きな拳骨を喰らっていた。
 そう言えば、あのカッパの子は空を飛んでいた。
「わらの背中にも羽があり、その痣を『羽紋』と呼んでおる」
 見通された。
「そうじゃのう、羽を広げることができれば、いくらか長生きできるやもしれんのお」
「! ほ、本当ですか!」
「うむ……体の使っていなかった部分を使うことになるからのー」
 メンバーは顔を見合わせて、少し笑ったように見えた。
「お、教えてください! 羽を広げる方法を!」
 日和はミトオシサマに懇願した。しかし、ミトオシサマの返答はまたも予想外の話になった。
「それはええが……無駄じゃてぇ」
「えっ……?」
「お主らのほとんどは来年、滅ぶのじゃからの」

「わはこのような体故か、他の者の混ざりものが直感的にわかるのじゃ」
 ミトオシサマが言う混ざりものとは、やおよろずのメンバーで言う変身できる動物のことを指すのだろう。
 僕はタヌキと言われた。しかし、タヌキに変身したことなんて一度もない……
 やおよろずのメンバー全員、ほぼ初見で特定されたことを考えると、僕もそうなのかもしれない。
 でもそれでは、何故今まで一度も変身できなかったのか?
 僕は頭の中がモヤモヤした。
「ここ、不来方はお主達の住んでいる世界の地下にあたる」
 地下……!?
 地下王国があるとかないとかいう伝説は聞いたことがあるが、本当にそんなところがあるとは。


「で、でも、それじゃあ、何故空が見えるのですか?」
 日和が最もな質問をした。
「それは透かしておるからじゃ」
「透かす?」
「そう。お主達の住む場所でもあるじゃろう。片方から見れば外が見えるが、反対から見れば中が見えないガラス。あ

れと似たような技術をこの空間に施しておる」
「……」
 それはまるで魔法のような話だ。
「ここには地上を追われて集まった様々な者が住んでおる。わは何故か未来を視ることができる。お主らが来ることも

わかっておったわい」
 未来視


「一緒だ……あ、あたし、ミトオシサマと同じ、鵺に変身できる子を知っています!」
 日和が言った。
「ほお……まだ地上にもおったか、わと同じ仲間が」
 ミトオシサマは感慨深いような顔をした。
「まぁ、お主らのような者がいるならおかしくはないのお」
「ミトオシサマ……聞きたいことがあります。あ、あたし達は……その……人間なのですか?」
 動物に変身できる人間。
 そもそも、何故動物に変身できる機能が備わっているのか? 
 日和は自分は人間だと言いつつも、心のどこかで疑念があったのだろう。
「お主達は人間じゃ。人間に、他の動物のDNAが組み込まれておるだけじゃ」
「よかった……」
 日和は人間という言葉を聞いてホッとした顔をした。
「組み込まれているって?」
 徹夫が聞いた。


「わも自分の体がどうして人に変身できるのか疑問に思っておってのお。お主らの世界の科学者にいろいろ体を調べて

もらったことがあるのじゃ」
「!」
 それはまた驚きの話だった。
 自ら進んで体を調べてもらうなど、漫画やアニメでもあまりない。
「その結果、わは人間のようじゃ。しかし、わは鵺の姿の方が性に合っている故、人の姿はめったにとらん」
「……」
 異形とも呼べるこのミトオシサマは人間らしい。つまり、やおよろずのメンバーと同じ境遇。
「なんて言っておったかのお……大学の教授は……ジャンクDNAに動物の遺伝子を保有する別の生物の名残が休眠細胞

として残っておるが、希に発現することがあり、発現者は動物に変身することがある……だったかのお」
「!!!」
 意外にも、最も科学的な内容だった。
 予想外のコメントにやおよろずのメンバーは唖然とした。


「ああ、しかし、逆に獣から人に変身するようになった者もおるぞ」
 それは赤毛の狼少女のような人獣のことだろうか?
「……えっと、それじゃあ、あたし達は……体の中に他の動物の遺伝子が混ざっていて、それが発現すると動物の姿になってしまうということですか?」
「うむ。わも詳しいことはわからなぬが、お主達は別の動物の遺伝子が組み込まれているということじゃ」
 さっきから引っかかる。組み込まれているとはどういうことだろうか?
「あの……組み込まれているとはどういうことですか?」
 僕は疑問を解くために質問した。
「わもそうじゃが、お主達の祖先はもともと他の動物の遺伝子を持っていなかったということじゃ」
「もともと持っていなかった?」
「そう。セイガイにより混ぜられたのじゃ」
「セイガイ?」
 初めて聞く言葉だった。


「わも詳しいことは知らぬ。どうしてそう呼ぶのかもわからぬ。伝え聞く昔の話じゃ。この星は幾度も突然の生命の大消失を繰り返してきた。それはセイガイがこの地に現れ、他の生物同士を混合させたという。その時に一つの生物に

他の生物の遺伝子が組み込まれた……わはそうして鵺になったと考えておる」
「……」
 この星の生物が大量絶滅、大量発生を繰り返してきたことはなんとなく知っている。
 しかし、その原因はまだよくわかっていない。
 その原因をミトオシサマはまるで知っているかのように話した。
 名の由来もわからない遠い昔のなにかであるセイガイ。一体何なのか……?
「まぁ、難しいことは置いておこう。わやこの里の者は昔に組み込まれた他の生物の遺伝子を体に持ち、それが発現す

る混ざり物なんじゃ。これも昔の話じゃが、そういう人外なるものは村八分に遭うことが多かった。その逃げ場を求め

た末に、地下空間を利用することにしたのが開祖だと言われておる」
 それはつまり、中世ヨーロッパにおける魔女狩りのような話だろうか。


 人は自分に近い異形の者の存在に極度な嫌悪感を抱く。
「わはここで生まれた。昔の話は伝え聞く程度じゃ」
 ミトオシサマも詳しいことは知らないと言う。いや、気にしていないようだった。
 わからないことが多すぎて、どこから質問をすればわからない。
「わは未来と混ざり者を見抜く力を持っている。故にミトオシサマと呼ばれておる。霊能力、神通力、超能力……様々

な呼び名はあるが、すべてこれらの力は同じもの。人がまだ手にしていない未知の科学……魔法じゃ。この里にはそう

いった魔法使いがたくさんおる。お主らも知るといい」


「魔法……」
 ミトオシサマは次々と語る。いろいろ話を聞かせてもらえて興味深いのだが、追いつけない。
「わも150の歳を超える故、いろいろ知っているつもりじゃが、まだまだわからんことはたくさんあるのお」
「150……歳……」
 それが日和の琴線に触れたらしい。日和の体が大きく震えた。


「よく来た、お主達。わ(私)はお主達が来るのを待っておったぞ」
 ミトオシサマの第一声がこれだった。
「待っていた?」
「うむ。先視したのでなぁ。そう……お主は狐じゃな」
「!?」
 ミトオシサマは日和の方を向いてそう言った。
「お主はウシ。そっちのはアシカかえ?」
 ミトオシサマはシズ、ハヤセの方を向いて言った。
「お主はチーター、お主はウサギ、お主は山犬じゃの」
 ミトオシサマは彩音、ユイ、徹夫の方を向いて言った。
「お主はゾウ、お主は……なんじゃそのもこもこした姿は? お主は……イタチかの」
 ミトオシサマは愛子、ツバキ、ハルの方を向いて言った。
 すこし勘違いが含まれているが、だいたい合っている。ミトオシサマは初対面でやおよろずのメンバーが変身する動物の姿を言い当てた。


「最後にお主はタヌキじゃのう」
「!? タ、タヌキ……?」
 ミトオシサマは僕の方を向いてそう言った。
 確かに苗字にタヌキの文字は入っているが、タヌキになんて変身したことがない。
「すごい……なんで……?」
 日和が関心したように言った。
「わは混ざりモノの体をしている故か、昔から混血の姿がすぐにわかるのでなぁ」
 そう言ったミトオシサマはすぐに様子がおかしくなった。


「ぐええぇぇぇ」
「!?」
 呻き声を上げて、体がガクガク震え出す。
 一種のホラーだった。
「ぐえっ、ぐえっぐええぇぇぇ
「変身……してる……」
 ミトオシサマの体が巨大化する……
「あの姿は……」
 サルの顔、タヌキの胴体、トラの手足、蛇のシッポ……それはだった。


「ハァ……ハァ……この姿の方が落ち着くわい。まぁ、お主達を驚かさんように人の姿を取ってはみたが人に化けるには体が窮屈でなぁ」
 鵺の姿は僕らよりふた周りほど大きかった。
「鵺を知っとるかのう? 現代風に言うなら、キメラと言ったほうがわかりやすいかのう? わの体にはいろんな動物が組み合わさっておる」
 目の前にこんな巨大な生き物が現れたら、普通の人は一目で腰を抜かすだろう。
「怖いかえ?」
 ユイとシズが震えていた。


「ミトオシサマ……でしたっけ。すごいです。あたし達と同じ……」
 日和は恐怖を感じているようには見えなかった。
「ふぉほほ、お主は変わった子じゃのう」
 ミトオシサマは日和に対して笑い掛けているようだった。
「教えてください。ここはどこなのですか?」
「ここは鬼のいないカワリビトの里・不来方(こずかた)」
 不来方――それは鬼に纏わる遠野のもう一つの呼び名。
「ようこそ不来方へ。わはお主達を待っておったぞ。さぁ、話を始めようかのぉ」
 ミトオシサマの話は、まるで僕らを「見通し」ているかのようだった。

 緊張の一瞬。
 お互いの視線が絡み合ったその瞬間……
「ほ、ほら、おめぇが外に出るから誰かが入って来たでねぇか」
 デレた。
 女の河童は恥ずかしくなったのか、子供のカッパへの攻撃をやめ、もじもじし始めた。
「あいつら、どうやってここに?」
「里で騒ぎになる前に帰ってもらわねばならねぇべ」
「そうだけんども……あいつら、動物に変化してた」
「適当な嘘を付くな!」
 女河童は子供をチョップした。
「痛ってぇ! 本当だって!」
「それ以上言い逃れをするなら今度はもっとたのし~いおしおきすんべ?」
「……それはヤダ……」
 向こうで何やら話している。
 できればこのままスルーして帰った方が良さそうだが、帰り方がわからない。


「あ、あの!」
 僕らも向こうもどう話しかけたらいいか悩んでいる状態で、日和が向こうに話しかけた。
「いろいろ……お話しませんか? 平和的に……?」
「……」
 向こうは日和が話しかけてきて驚いた様子だったが、こちらの意図は掴んでくれたようだった。
 そうだ、忘れてはならない。カッパ探しが旅の目的。
 僕らは目標を達成できたのだ。



「いやー、さっきは弟の見苦しいもんを見せちまって」
 女河童が照れながら言った。
「姉ちゃん、怒らせるとマジやべぇかんな」
「おめぇは黙ってな!」
 ゲンコツ一発。
 子供カッパはひいひい言いながらゲンコツされたところを触った。
 女カッパに案内されたのは僕らが最初に見た藁葺き屋根の家だった。
「囲炉裏がある……」
 ハルが驚いた顔をした。
 そう、囲炉裏やカマドは僕らの世代には馴染みのないものだった。
 家の中は僕らの知らない昔の時代にタイムスリップしたように感じられた。


「まぁ、そこらに座ってくんろ」
「広い……」
 畳が十畳以上ある一室。とても広い。
「おめぇら変化できんだろ? 見せろ!」
「コラッ! 勘太郎、おめぇはもっとマシな口の聞き方はできんのか?」
「痛ぇよ、姉ちゃん……」
 子供のカッパは懲りない性格のカッパのようだ。
「で、できますよ。見ててください」
 日和はそう言うと、獣化を始めた。
「! こりゃあ、おったまげた! おめぇらもオレらの仲間か?」
 女カッパはとてもビックリした顔をした。


「ほら! ほらほら!」
 子供カッパが自慢気に姉に言う。
 女カッパはそれをキッと睨みつけたが、手は出さなかった。
「こりゃあ、ミトオシサマに報告せねばならんね。音菜、呼んできてくれねえか?」
「うん、わかった!」
 大人しく僕らの方を興味津々と見ていたハーピーの子は役割を与えられると、すぐに家から出て行った。
「おめぇら、どっから来た?」
 女カッパは僕らに興味を示したようだった。
「関西の尾天ってところですけどー」
「尾天? 知らねぇな。あ、でも、関西なら、京都にあっちの集落があるな」
 なんと、近場にここと似たような妖怪の集落があるらしかった。
「でも向こうは人に悪さすることに命かけてるべ。仲良くすりゃーいいのに」
「……」
 妖怪には妖怪なりの事情があるようだった。


「お姉! ミトオシサマ、連れてきた!」
 ハーピーの声がする。
「あんがとー」
 女カッパが返事を返し、ハーピーが連れてきたミトオシサマという者は……一見、普通の人間のおばあちゃんだ

った。
 しかし、後方からにゅーっと蛇が顔を出す。
 僕はビックリして一瞬、緊張したが、どうもその蛇とミトオシサマは体が繋がっているようだった。

 穴に落ちたはずなのに、空は今までと変わらず、また地面には植物が生えている。
 しかし、近くには寺はない。
 ここは一体何なのだろう……疑問が次々に湧いてくる。
 僕らは様々な疑問を抱きつつも、目の前に見える建物を目指した。
 近づいてみると、家はいくつかあるようで、村……というより昔ながらの集落といったような感じに見えた。
 もしかしてタイムスリップしてしまったのだろうか?
 そう思えるほど、近代的なものは見えなかった。
 藁葺きの建物に着くと、近くから声がする。
 何だろうと思って、そっちを覗きに行くと……㌧でもない光景が展開されていた。


「このおおおおおおおおお! アホんだらああああああああああああ!」
「姉ちゃん、ごめんなさいいいいいいいいいいい!」
「勘太郎の馬鹿ちんがああああああああ! 勝手に外出るなとあれだけ言っても聞かんのかえええええええ! 百鬼夜行まで禁止や言うとろうがああああああああああ!」
「あうっ、うぐっ、はごっ」

 まず聞こえたのは女の人の大きな声。
 そして、謝り続ける子供の声。
 ビックリしながらその光景を見ると……女らしいカッパがさっき僕らを馬鹿にしていたカッパをボッコボコにしばきまくっていた。


 オラオラオラオラとジャブ連打。膝蹴りで空中に浮かせ、さらにアッパーで追撃、落ちてきたところをかかと落とし……
 女の河童の人はかなり格闘タイプだった。
 しかし、子供のカッパも恐るべき。あれだけ殴られても体は元気そうだ。
 ハーピーはその二人を見て腰を抜かして口をあわあわしている。
「今度言う事聞かんかったらああああああああああ! バリいてこましたるからなあああああああ!」
「ひいいいいいいいいいい、ごめんなさあああああああああああい! ごめんなさああああああああああああああい!」
 どう見ても子供を虐待しているようにしか見えない。


 さっきまでおちょくられていた気分がすっかりやめたげてよぉという気分に変わっていた。
 女は強し、というのはカッパ世界でも同じことなのだろうか?
 壮絶な光景を最初に見てしまった僕らは、どう声を掛けていいのか、ダメなのかを迷っていた。
「ぶはあっ……ん? ゲッ……あいつら……」
「あん? 何余所見しているんだ、勘太郎」
「姉ちゃん、あれ」
「んあ? ……!?」
 ヤバイ。こっち見られた。
 あの女のカッパに襲われたら勝てそうにない。
 ど、どうしよう……