「い、今、気にぶつかったよね?」
 愛子が確認するように言った。
「……」
 全員が唖然とした。
 カッパとハーピーが突然消失したのだ。
「なんだろ、実はこの木が入口だったりして……」
 そう言って、日和が二者が消えた木を触ろうとして……
「あ、え? う、うわあああぁぁぁぁー
 触ろうとした木が透けて、大きな悲鳴を上げてどこかに消えた。
「!」
 またもや全員唖然。一瞬の出来事だった。


「日和まで……」
「この木、何か怪しいね」
 今度はユイが木に触れようとする。
 そして……
「! うわあぁぁっ! 何もない!」
 ユイの手は簡単に木に突き刺さった。
 いや、実際は何も触れていないらしい。スカスカしている。
 ユイが気に向かて足を一歩出してみる。
 すると、バランスを崩して木の方に消えていった。
「うわあぁぁぁぁぁ~」
「……」


 だいたいカラクリがわかってきた。
 どうも木に見えるのはダミーで落とし穴みたいなものがあるらしい。
「どうする?」
「行くしか……ない?」
 全員で視線を合わせて、木の向こう側に行くことに決めた。
 僕が最初に飛び込む?ことにした。
「あ、何もない」
 木に触れると思って手を伸ばしたが、触れない。
 違和感があった。
 勇気を出して体を木に向けて進めると、透けた。
「う、うわああぁぁぁー」
 そして、地面もなかった。
 僕は声を上げながらどこかに落ちていった。



「イテテ」
 最初は落ちていく感覚だったが、途中から崖がお尻に接して、滑り台を降りているみたいな感じになって、どこ

かに着いた。
「あ、アキも来た」
「もしかしてみんなも?」
 先に行った、日和とユイがいた。日和は人の姿に戻っていた。
「ねぇ、ここって何?」
 穴に落ちた感覚からすれば、地下と思われる。
 しかし、空が明るかった。
 電灯などの人工的な明るさではなく、空には雲が流れている……
「えっ」
 目の前の光景に理解できなかった。


 すると、後ろからドンドンメンバーの叫び声が聞こえてきた。
「みんな来ちゃった」
 結局、やおよろずのメンバー、全員がこの謎の空間にやって来た。
 すでにこの空間に入ったと思われるハーピーと河童の姿はなかった。
 不思議な空間を認識したメンバーが各自で様々な感想を述べる。
 ここは一体何なのか?
「あ、向こうに建物が見える」
 ハヤセがそう言って、指差した。
 その先には、伝承園で見た藁葺きの建物が確かにあった。
「行ってみよう……」
 僕らは訳がわからないまま、藁葺きの建物を目指した。


「ハーピーと……カッパ!!!?
 空中にはバッサバッサと両翼を羽ばたかせている半鳥半人と背中から羽が生えたカッパらしきモノが浮いていた。
 どちらも子供のようだ。男女? 雌雄? の見分けは付かない。
「やっぱりいた……」
 日和は彼らを見て感動している。
 やおよろずのメンバーも驚いていた。
「鳥類は初めて……」
 日和が感動に震えながら呟く。
 そう言えば、僕が今まで尾天で出会った動物に変身する人々はみんな哺乳類に限られていた。
「いたんだ」
 日和は二人? 二匹に声を掛ける。


 人の言葉を話していた以上、こちらの言うことも理解できるだろう。
「あ、あの……あたし達、怪しい者じゃないわ。ちょっと話をしましょう」
 空は遠い。この世界に於いて、高さを自分の制御空間にできる生物は極わずかである。
 しかし、その遠さは拒絶の意味合いをも持っていた。
「くすくすくす。おんめぇら、馬鹿か? カッパというとすぐにきゅうりきゅうりって! 確かにきゅうりも嫌い

じゃけんどよぅ。もっとうめぇもん、いっぺぇあんだろ!!」
 空に浮くカッパが怒りながら言ってきた。
「お、怒ってる……?」
 それは僕らにとってかなり衝撃だった。
「どうせ持ってくんなら、魚にしろよ!!!」
 きゅうりよりも魚の方がお好みらしい……
「ご、ごめん。知らなかったから」
 日和が困惑気味に謝る。


 しかし、空中の二者は容赦なく追随を掛ける。
「しかも今の時期、きゅうりなんて食うたら寒いだろ? いらねーよ」
 カッパがそう言って、奪ったきゅうりを空中から投げ返してくる。
「くすくすくす。いらねーよ」
 ハーピーも不思議構造をして握っていた羽からきゅうりを投げ返してきた。
「うおぉ!?」
 たかがきゅうり、されどきゅうり。
 二階くらいの高さからと言えど、投げ返されたきゅうりに当たるのは痛い。
「その持っているカバン置いたらさっさとけぇれ!」
「けえれ! けえれ!」
 魚好きと言っただけに、サンマの蒲焼の缶詰はちゃっかり確保している。
 そして、こちらのカバンの中身に興味があるらしい。


「そ、そんなこと言わないで。あたし達もあなた達と同類よ」
 日和が説得を試みる。
 しかし、全くもって相手にされていない感じ。
 僕がこの二者に抱いたイメージは悪ガキのそれだった。
「もう食うもんねぇなら、用はねえよ! これ以上、里に近づくな」
「あ、カンちゃん、それ言っちゃまずいってぇー」
 よくしゃべるカッパ。それにオプションのようなハーピー。
「いいの、いいの、あいつらどうせ入って来れないから。キシシ。あー、何かもう帰りたくなってきた。それじゃな、おばさん」
「お、おば……!?」
 それは間違いなく日和に向けられた一言だった。
 日和がショックを受けている。
 まだぴっちぴちうら若き乙女である日和さんに向かってその一言は……起爆剤になった。


「お……おば……?」
 日和がわなわなと震える。
「日……和……」
 声を掛けてみたものの、届いている気配なし。
 日和は怒りに震え、いつもの数倍、メキメキと体の音を立てながら獣化していく。
 怖い。
 それはさながら、狼男の映画で獰猛な狼に変身するシーンを見ているかのようだった。
「! うわっ、なにアイツ! 変化しやがった!」
「許せん……小童ども……」
 日和のセリフも悪役のそれである。
 半獣化した日和はキッと空中の二人を睨み返した。
「やべぇ……アイツ、何かやべぇ」
 身の危険を感じたのか、空中にいる二者が恐れているように見えた。
「懲らしめる……」
 日和は本気のようだった。


 日和は勢いよく走り出し、木に向かってジャンプする。
 ジャンプした木を踏み台にして、二者が停滞するさらなる高みへ。
 それはまさに三角飛びだった。
 日和は今まで見たこともない運動能力を発揮する。
 怒りに我を忘れてリミッターが外れているのかもしれない。
「うおっと!」
 日和の渾身の一撃を、しかし、二者は容易く避ける。
 届きそうで届かない一手。
 日和は空中でくるりと回転して着地した。
「ちっ」
 舌打ち……怖い。
「ビビった。今のまじ、ビビった。アイツやべぇ! 帰るぞ!」
「う、うん」
 二者は腕や羽を羽ばたかせ、どこかに向かう。
 寺の門の方だ。
「逃がすか!」
 日和もすぐに追う。
 僕らも急いで三者を追った。
 


「げっ、追ってくる」
「このままじゃ入っちゃうよ」
「大丈夫。逃げ込めばわからないって!」
 二者は門を抜けると、さらにスピードを上げて、あろうことか、植えられている大きめの木に特攻した。
「!」
 しかし、二者は木にぶつかるどころか、そのままこの場から消失したのである。
「き、消えた……」
 日和も予想外の出来事に驚き、足を止めた。
 二者の気配は完全に消えていた。

 確かに何かいる……ような気配を感じながら、僕らは最終地点までやって来た。
「お寺がある」
 僕らはお寺に入った。
「なにこれカワイイ!」
 ハヤセが見付けたのは狛犬だった。
「頭がお皿になってる!!」
 カッパ狛犬。頭の皿には小銭がたくさん入れられていた。
「おもしろーい!」
 みんなで写真を撮ったり、探索したり。
 すっかりさっきまでの奇妙な出来事は忘れて、お寺の中を見て回っていた。


「結局、何だったんだろうね」
 二本のきゅうり消失事件。
 盗難届にも出せないレベル。
「そろそろ戻ろっか。結局、カッパも妖怪もいなかったなぁー」
 みんな口々に言う。
 探索は終わり、帰宅ムード一色になったその時、どこからともなく、子供の声がした。
「くすくすくす」
「くすくすくす」
 和やかな雰囲気が一気に緊張に包まれる。
「な、なぁ、誰か笑ったか?」
 徹夫がみんなに聞くが、みんな首を横に振った。
「くすくすくす」
「くすくすくす」
 二回目。間違いない。子供の笑い声だ。
 どこから聞こえる? 僕らは目を見張って辺りを見回した。


「んあ?」
 日和が間抜けな声を出した。
「取られた……」
 木の枝にぶら下げていた最後のきゅうりがたった今、消失した。
 もう一度辺りを見回す。しかし、動く者の気配はない。
「……」
 少し緊張で汗が出る。
 日和が気を抜いた隙にきゅうりを掻っ攫うということは、相当な速さだ。
「よそもんじゃあ、よそもんじゃあ、けえれ、けえれ!」 
「その荷物置いてけえれけえれ」
 声がする。
 訛りが強くて言葉が聞き取りにくいが、歓迎はされていないらしい。
 とても普通の人の犯行とは思えない。
 何かが、いる。


「くすくすくす。貢物置いてけや。わあら、神の使いなるぞ」
「くすくすくす。言う事聞かんで。どげいされてもしらんど」
 子供の声は笑う。
 なんて言っているのかよくわからないが、荷物を置いて行けと脅されているようだ。
「すみませーん。どこの誰だかわかりませんけどー、出てきてくださーい。怪しいもんじゃないでーす」
 日和が大きな声で呼び掛けた。
 しかし、子供の声に反応はなかった。
「何かいるね。どうしよう……もうきゅうりないよぉ」
 日和は怖くはないらしい。むしろ嬉しそうな顔だ。
 持ってきたカバンの中を漁る。
 すると、サンマの蒲焼の缶詰が出てきた。
「これで釣れるかな?」
「……」


 日和はとりあえず、缶詰を木の枝に吊り下げる。
 みんながそれに注目する。
「仏の顔も三度までじゃて。早お、荷物置いてけえれ」
「どげんされてもしらへんがねー」
 日和は子供の声を無視して空中で缶詰をひらひらさせる。
 みんなは他の方向もチラチラ見ながら様子を伺う。
 すると、缶詰が急激に引っ張られた。
 速い!!


「あ! あそこ!」
 缶詰が奪い取られた流れでその先を見る。
 空。
「なに……あれ……」
 空中に人型の何かが浮いている。
 ソレは確かに、日和から奪ったきゅうりと缶詰を手に持っていた。

 伝承園から歩いて数分。
 カッパ淵に着いた。
「ここがカッパが出るという小川か」
 徹夫がキョロキョロと辺りを探る。
「なんか良い木の枝ないかなー」
 日和は本気でカッパを釣る気らしい。
「あ、あった!」
 拾った太めの木の枝に持ってきたらしい糸をくくり、その先にきゅうりを装着。
「それでカッパが釣れるのか?」
 ハルがやや批判的な目で日和を見る。
「信じる者はなんとやらだよ」
 みんなでカッパ淵に入った。


「カッパって美味しいのかな?」
「彩音、物騒なこと言わない」
 彩音の興味をツバキが制していた。
 冬枯れの森。
 稲の植えられる前の田園風景が広がる。
「あ! カッパいた!
「えっ!?」
 ユイが指差すその先に――確かにカッパはいた。


「なんだー。銅像じゃん」
「でも何だろこれ、祠がある」
「カッパを祭っているところだね」
「へー、カッパも神様?」
 面白いものを見付けて、一同、思い思いに観察する。
「? あれ? きゅうり……誰か取った?」
 日和が奇妙なことを言う。
「きゅうり何か誰も取るわけねーだろ」
「まぁそうだよね……あれー、あたし、たしかに竿の先にきゅうり括りつけたはず……」
 それはさっき僕も見た。
 そして今、確かに消えている。
「まぁ、いいや。あと二本あるからもう一回付け直そう」
 日和がきゅうりを付け直し、僕らは先へ進んだ。


「寒い……」
 さすがに東北の冬。歩いている人は誰もいない。
 小川を逆らって奥へ奥へと進む。
「日和、今日、見つかなかったら、どうするん?」
 愛子が聞いた。
「んー、他の場所に行って、最後にもう一度ここに来ようかな」
 日和はカッパに執着があるらしい。
ん! 何かに引っ張られた!」
 日和が後方に吊していた竿に何かあったらしい。
「きゅうりが……消えてる……」
「……」
 日和はきゅうりが取られる瞬間を体感したという。
 しかし、一体どこから取ったというのか?
 小川を見ても底が見えるし、それらしい動く気配はない。
 みんなで立ち止まって辺りを見回し、変身できる者は匂いを嗅ぐが、全然わからないという。


「でも、何か……いる……」
 日和のきゅうりがそれを証明している。
 冬なのに、体がゾクリとした。
「これラストだけど……付けておこう」
 日和は最後のきゅうりを装着した。
 僕らは周りを警戒しながら、カッパ伝説の最後の場所まで歩いた。

岩手県』――その昔、この地域には羅刹鬼(らせつき)という鬼が住み、付近の住民や旅人に悪さを働いていたという。
 困り果てた人々は、信仰していた三ツ石様に鬼をこらしめるようにお願いした。
 三ツ石様は山が噴火して飛んできた三つの大石のことである。
 人々の願いを聞き入れた三ツ石様は鬼を大石に縛り付けた。
 これに驚いた鬼は「もう悪さはしません。この里にも二度と姿を現しません」と言ったという。
 三ツ石様は鬼にその約束のシルシを求めた。
 鬼は約束のシルシに縛り付けた大石に手形を残し、去っていった。
 この岩に手形を押す行為がその後、この地方の名前として残った。
 また、鬼が二度と現れないこの地は不来方(こずかた)とも呼ばれるようになった――



 この地方もまた、鬼に関連がある土地なのだ。
 何かの予感はあった。
 日和が使う鬼文字という超能力。
 空中を浮遊する角を持つ動物に扮したナニカ。
 童話、御伽噺、言い伝え、都市伝説、民話、民族、昔話……
 日本と鬼は根深い関係がある。
 鬼とは視え視えざるものの象徴。
 時に人は信仰し、畏怖するもの。
 果たしてソレは今は失われたモノなのだろうか?


 昼過ぎに遠野駅に着いた。
 日和はまず、伝承園に行こうと言う。
 しかし、駅から目的地までは少し遠く、また土地勘もない。
 なので、結局、タクシー三台に分かれて伝承園に向かうことになった。
「おー、立派なおうち!」
 帰りにタクシーに迎えに来てもらう約束をし、僕達は目的地である遠野の地に降り立った。
「日はすぐに暮れちゃうから行こ行こ!」
 早速受付でパンフをもらって、伝承園を観光する。


 入ってすぐ気になるのが昔ながらの大きな家である。
 直角に曲がっているこの家を、曲り家というらしい。
 中にも入れるらしいので、中に入る。
 すると、蚕が展示されていた。
「うっ……ってするけど、糸になるんだねー」
 リアルおばあちゃんが普通に展示スペースの中で糸を紡いでいたのも驚いたが、さらに驚いたのはその先にあるオシラサマである。
「……」
 人を象った木と馬を象った木が狭い空間に無数に配置されている。
 空気が違った。
「飼馬に恋した娘に激怒した父親はその馬を殺したが、娘はその馬と一緒になって天に昇って神様となった」
 それがオシラサマの伝承。
 布に願いを書いてオシラサマを象る木に掛けるといいと書いていたので、メンバーそれぞれ、願い事を書いて掛けた。
 誰がどんなことを願ったのかは、敢えて見ないことにした。


 伝承園の土産物コーナーに行く。
 すると、河童グッズがたくさん売っていた。
「面白いね! あ、これ可愛い!」
 河童グッズもいろいろあるなぁと思ってみていると、不思議なものもあった。
「河童捕獲許可証?」
「そうそう、これがないと河童を見付けても捕獲してはダメなんだよー」
 売店のおばちゃんがそう言って、河童の目撃談の話を聞かせてくれた。
 やはり河童の目撃談はあるらしい。
 面白い話を聞かせてもらったので、ちゃっかり全員、河童捕獲許可証を買って、いつでも捕獲していい状態で、いざ、カッパ淵に向かうことになった。


「……何か違うな……」
 昨日あたりからか、空中を浮遊している幽霊が今まで視てきたものと何か違うような感じがしていた。
 どこがどう違うと言われればよくわからないが、なんとなく種類が違うような気がするといった感じ。
「気のせいかな」
 僕は気にせず、みんなの後に付いていった。

 翌日、朝。
 僕らは早速、電車で釜石から遠野へ向かった。
 遠野と一口に言っても広いらしい。
 シズの観光ガイドをみんなで見る。
「なんつーか、尾天より田舎だなー」
 徹夫が窓の外を流れる景色を見て言った。
「そうかな? あまり変わらないような気もするけど」
 日和は徹夫の反応に反した。
「それはお前ん家が山だからだろ」
「ああ、そうかもねー」
 遠野は妖怪で有名な土地だ。
 昨日の旅館の座敷わらしを初めとし、河童、天狗、山男などなど、様々な妖怪がかつていたと伝承されている。
 そのほんとが何かの見間違いや勘違いなどではないだろうかと思うのだが……


「じゃーん、昨日、ちゃっかり旅館の女将にもらっちゃいました!」
 そう言って日和がカバンから自慢気に出したのは……きゅうりだった。
「きゅうり……ハッ!」
 まさか日和……
「河童と言えば、きゅうりでしょう? これで河童釣ろうかと思って」
 日和は楽しそうに言う。
「い、いや、そ、それは……無理なんじゃないかな……」
 僕は否定気味に日和に言った。
「なんで?」
 日和はややムッとして返した。
「だって、それは言い伝えの中の話だから……」
「ははーん、アキは河童、いないと思っているんでしょ?」
「まぁ、そりゃーねー」
 そう言って周りに同意を求める。
 しかし、何故かみんな僕と視線を合わさない。


「?」
「河童はいるよ!」
「え?」
 日和が言い切ったことに、僕は驚いた。
「何で?」
「あー、そっか。アキにはまだ言ってなかったっけ」
 日和はそう前置きして、僕に衝撃的なことを告げた。
「あたしが見つけた尾天の108人の獣化する人の中にはね、普通のじゃない動物の人達も含まれているの」
「普通じゃない動物?」
に変身する男の子と、に変身する女の子。あーっと、龍って言ってもあれだよ、西洋ファンタジーで出てくる二足型のぽっちゃりしたファイアー吐くやつじゃなくて、中国的な四足の宙を浮いて雷使う方。鵺はわかるかな? わからないなら、日本版キメラって言ったほうがわかりやすいかな」
「龍と鵺……」
 初めて聞いた。


「そそ。やおよろずのメンバーはみんな、現存する動物に変身するけど、その二人だけは空想動物でしょ? 言うなれば妖怪。だからね、河童もいると思うんだ」
 信じがたいことであるが、日和がそういうのであれば、龍や鵺に変身できる人はいるのだろう。
 他のメンバーも否定しないところを見ると、本当のことらしい。
「遠野ってさ、いろんな遠野物語にあるように、いろんな妖怪の話が伝えられているでしょ。だから前から気になっていたの」
「な、なるほど……」
「河童だけじゃないけど……あたし達の仲間がいたら、仲良くなりたいなー」
 日和は夢見心地に話した。
 今までの旅は布石に過ぎない。
 遠野で自分達の仲間を探すことこそがこの旅の本当の目的。
 本番はこれからだ……

 複雑な気持ちを抱えたまま銭湯から上がる。
 火照る気持ちを覚ますため、自動販売機に向かった。
「牛乳、コーヒーオレ、フルーツオレ……どうしようかな」
 少し迷った結果、フルーツオレを飲むことにした。
 この銭湯の牛乳は最近めっきり少なくなった牛乳瓶の蓋+牛乳瓶200mlというスタイルだった。
 牛乳瓶の蓋を爪でガリガリして、開ける。
 小学生の頃、よくこの蓋でメンコみたいなことして遊んだなーと懐かしい気持ちになりつつ、フルーツオレを飲んだ。
「見れなかった……」
「フラグ回収できず……」
 ユイと徹夫がテンション下げて銭湯から出てきた。
 これに関してはコメントを付けない方が良さそうだ。


あ! アキ君、牛乳飲んでる!」
おぉ! 銭湯と言えば牛乳! 忘れていた!!」
 ユイと徹夫のテンションが急上昇。すぐに自動販売機にお金を投入。
 この二人、意外にいいコンビなのかもしれない。
 いや、遠目で見るとユイが女の子っぽい外見をしていることから、カップルに勘違いされるかもしれない。
「あー、この蓋、懐かしいな!」
 徹夫が嬉しそうに牛乳瓶の蓋をめくった。話が合いそうだ。
「いいなー、僕んとこは三角のパックだから瓶じゃなかったよ……」
 ユイが恨めしそうな顔で徹夫を見た。
 僕は一足先にフルーツオレを飲み終え、女性陣が出てくるのを待った。
 ハルは銭湯の土産を物色していた。


「おまたせー」
 女子一同が一気に出てきた。
 顔が火照って頬が紅潮している。
 僕はさっき、ハルに言われたことを妙に意識してしまった。
 日和もとい、女子達を見ないように顔を違う方向に向ける。
「アキさん、アキさん、耳寄りな情報がありますよん」
「?」
 彩音が何やらニヤニヤと怪しげな笑を浮かべている。
「シズはさ、アキのことが好きらしいよ」
「へ?」
 彩音の予想外の言葉に、僕の思考は再び真っ白になった。
「/////」
 シズは照れているのか、愛子の後ろにこそっと隠れてこちらを見ている。
「え、うそ……?」
「ホント~!」
 彩音のニヤニヤとシズの照れ具合を見て、僕もまた変に顔が熱くなってくるのがわかった。


「お、これはアキも脈ありかな? キシシ」
「え、いや、その……」
 僕はどう反応したらいいのか迷った。
 するとシズが僕に向かってトンでもない発言をした。
「わ、わたしの……絞ってくれた男の子……初めてだから……」
「○×△□☆※!!?」
 僕は驚きすぎて、口に含まれていないはずの牛乳を吐くところだった。
 そして思い出す。あれは今考えると、日和のイタズラだったに違いない。



 ――ある日、日和からのメールが来て、部室に呼び出された。
 そして部室に行くと、部室前に『あたし、用事できたからシズのことを頼む』という鬼文字が浮かんでいた。
 何だろうと思って部室のドアを開けると中にシズがいて、具合悪そうに座っている。
 僕はビックリしてシズにどうしたのか話を聞く。すると……
「すごい……張ってるの……お願い……絞るの……手伝って……」
「!!?」
 それはウシに変身するシズならではの悩みだった。
 シズはすぐにウシの形になり、紅潮した顔で絞ってほしいと頼むのだ。
 僕はいろいろイケナイことをしている気分になりながら、これも修行だと思い込むことにして、シズの乳絞りに協力したことがあったのだった――



「い、いや、あれは、その、シズが……」
 僕は狼狽えた。
「アキ、お前、シズのおっぱい揉んだのか!」
 徹夫がギラリと睨む。
「ち、違う、あ、あれは!」
「いいなぁー、僕にもやらせてよー」
 ユイがまた火に油を注ぐようなことを言う。
「ふっふっふ」
 自動販売機で牛乳を買った日和が何やら意味深に笑っている。
「良かったね、アキ。経験値UP、UP!」
「よ、よくなーい!」
 しばらく僕は、やおよろずのメンバーにこのネタでいじられることになってしまった……

 夕食を済ませ、各自フリータイム。
 しかし、ここはせっかくの温泉街。
 温泉に入る以外に選択肢はないだろう。
「お前ら、もし覗きに来たら、引き裂いてそのハラワタをブチ撒けるからな」
「覗きに来たら……マウントするから」
「唾吐くよ、くっさーい唾!」
 ぞろぞろと向かった他の温泉。
 男女で分かれる前、女子一同はお決まりと言ったようなセリフを残して暖簾をくぐっていった。


「えーっと、覗いたら、彩音に腹を裂かれて、愛子の巨体にのしかかられて、ツバキの臭い唾を浴びると……地獄だな」
 ハルが冷静に言われたことを整理した。
「ねぇ、あれってフラグ?」
「フラグだな」
 ユイが聞き、徹夫が返す。
 意外な組み合わせが何か良くないことを企んでいる……?
「ぼ、僕らも入ろうよ」
 なんだかんだ言って、もう二日は風呂に入っていない。
 今日はせっかくの温泉何だから、ゆっくり疲れを取りたいところ。
 ユイと徹夫が何やら危険な会話をしているのをスルーして、僕は銭湯の暖簾をくぐった。


「はぁ~、極楽極楽」
「温泉つったら、やっぱ露天だよなー」
 しかも寝湯。
 体を横にして、胸の辺りまで温泉に浸かり、肩から上はお湯から出ている状態。
 体はぽっぽするものの、東北の寒さでゆでダコにならない。
「徹夫くん。こっちに穴があるよ」
「でかした! 女々しいと思っていたが、お前も漢だな!」
 覗き隊が隣接する女子風呂をどうにかして見ようと必死だ。
「(覗きは)無理だって、壁高いし。そのへんにして二人も温泉入りなよ」
 ハルが二人に声を駆ける。
 お客さんは他にもいるので、安易に変身して、覗きに行くことはできない。
 しかし、二人は諦めていないようだった。
 曰く、フラグを立てられたら、やるしかないだろうと……
「僕は知らない……」
 覗き隊のことは知らない振りをしようと決めた。


「なぁ、アキ」
「うん?」
 ハルが雨上がりの冬の夜空を見上げながら言った。
「日和のことは、好きか?」
「えっ……」
 全くそんなことを言う素振りはなく、あまりにも唐突のことを聞かれたので、僕は思わずハルに聞き返してしま

った。
「日和と仲良いじゃないか。聞いておきたいんだ。アキは日和が好きなのかどうか」
「そ、それは……」
 言葉に詰まった。ハルの問い掛けにはどういう意図が含まれているのか掴めない。
「……酔ってる?」
「酔ってない。酒は好きじゃないし。そんな難しい顔で考えなくていいよ。ただ付き合ってみたいかどうかってだけ」
「……仲良いのは、僕より徹夫の方じゃないかな……?」
「徹夫はじゃれ合っているだけ。それに徹夫は他に好きな子がいるし」
 ハルは意外と事情通なようだった。
「あー、なんかこういう話をすると、高校の修学旅行思い出すなー」
「そう言えば、ハルって日和と同じ高校だっけ?」
「まぁね」
 僕は過去の日和はあまり知らない。大学で出会ってからがすべてだったから。
 ハルは高校時代を思い出しているようだった。


「日和はさ、人のことばかり考えすぎなんだ。ああ見えて結構、自分を犠牲にしている。そして、それに自分で気付いていない。人を幸せにすることを常に願っている。それで自分も幸せと思い込んでいるんだ」
「……」
 日和と一番付き合いの長いハルが言うのだからそうなのだろう。
 幼馴染みということもあり、日和とハルに関する直接的な話は今までしてこなかったが、まさかハルの方からしてくるのは意外だった。
「今までにもさ、あいつ、何人かに告白されたことあるんだけど、すべてちゃっかり断っちゃって。ずっと一人なんだよ。仲間がいればそれでいい。そう思っている。でもなんていうかな、それだけじゃダメだと思うんだ」
「……」
 要はハルは日和に幸せになって欲しいと望んでいる。
「ハルは……日和のこと……好きじゃないの?」
 思い切って聞いてみた。ずっと気になっていたといえば気になっていた。
「好きだよ。でもさ、俺ら幼馴染みだから。今更、そういう関係はなーって」
「……」


 日和のことが好きなら、ハルが日和を幸せにしてあげればいいじゃないかと思う。
 しかし、ダラダラと関係を続けてきて、その一線を容易に越えられないというのもわからなくもない。
 物語ではよくある話。現実でもよくある話だ。
「いいんだよ、俺のことは。彼女できたことだってあるし。まぁ、考えといてくれよ」
「あー、ちょっと、ハル……」
 ハルは自分の言いたいことだけ言って、先に上がっていった。
「……なんか……ズルい……」
 これこそフラグじゃないか。日和は任せた!みたいなこと言って。そんなことを言われたら妙に意識してしまうじゃないか。
「うー……」
 まだこれから旅は長いのに……僕はハルに文句を言いたい気持ちを押さえて、落ち着かない気持ちでもうしばらく、温泉に浸かり続けた。

「うぅ……寒い……眠い……」
 またしても夜通し漫画やアニメ、映画に夢中になった人が続出。
 僕は目に隈ができているメンバーの背中を押しながら、駅に向かった。
 そして、電車に座るなり就寝。
「……」
 今日は雨みたいだった。
 暗がりな空を眺めながら、僕らを乗せた電車は水戸を後にした。


「仙台、着いたよ!」
 爆睡しているメンバーの肩を揺らして現実に引き戻す。
 なんとか全員無事、仙台駅で下ろすことができた。時刻はもうおやつタイムだった。
「仙台キター! 何食べる? ずんだ? 牛タン、笹かま?」
 お腹空いたーと日和がやや暴走気味。早くご飯を食べさせないと。
「バリ寒っ……お前、元気だなー」
 徹夫がブルブル震えながら日和に言った。
「今は寒さより、お腹の方が大事なの! 早く何か食べましょう」
 確かにそれは一理ある。まだ朝食も昼食も食べていなかった。
 何を食べようかと思ったら、やたら牛タンの看板が目に付く。
 ので、牛タンに即決定。
 全員で牛タンの店を探して食べた。
「観光……無理っぽいな」
 ここからは電車の数が劇的に減少する。
 観光は諦めて、本日の目的地である花巻に向かうことにした。


 そして夜。僕らは既に岩手県に入っていた。
 花巻に到着。
「花巻ktkr! さぁさ、何食べる?」
「おい、ちょっと待て、日和。今日もネットカフェか?」
 日和の言葉を遮り、ハルが聞いた。
「ふっふっふー。残念。今日は旅館を予約してあるの。花巻と言ったら、温泉郷でしょう?」
 日和の思わぬ言葉に、メンバー全員から「おおー」との感嘆の声が上がった。
「それなら、早く行かないと、夕飯抜きになっちゃうんじゃない?」
「確かに! それじゃ、早く行きましょう。ヘイ! タクシー!」
 日和がタクシーを捕まえ、三台に分かれて、花巻温泉の宿に向かった。


「よかった。まだ夕食あるって。セーフ!」
 タクシーに揺られて数十分。日和が予約したという旅館に着いた。
 昔ながらの大きな木の家だ。
「それじゃ、各自、部屋に行って、荷物置いてから食堂に集まろうか」
 男女分かれて、それぞれの部屋に向かった。
「ふー、疲れたな。ネタばっかだけど」
 エレベーターの中、徹夫がスーツケースに座りながら言った。
「そうだね、随分遠くまで来たね」
 今いる場所が田舎ということもあるが、何だか空気が違う。
「寒いけどねー」
 ユイが目を擦りながら言った。


「へー、この旅館、座敷わらしの伝承があるみたい」
「座敷わらし?」
 ハルがエレベーターの中にある旅館の説明を見て言った。
 座敷わらしは、見る者に幸福を呼ぶとされる、岩手県の代表的妖怪だ。
「テレビでやってる有名旅館じゃないけど、この辺の旅館にはあちこち出るみたいね」
「面白いー」
「見れるといいなー」
 遠野まであともう少し。
 早速、妖怪の話が出るとは思ってもいなかった。
 僕らの住んでいる関西では、京都が陰陽的な感じで、妖怪もので取り上げられるが、岩手の方は人為的なものではなく、自然に宿る精霊に近い妖怪のような雰囲気がある。
 予感めいた何かがあった。

 早朝の電車に乗り、東京に着いたのはもう昼過ぎ。
「お腹すいたー、さぁさぁ、何食べる? 東京はいろいろあるよ! もんじゃ焼き? もんじゃ焼き? もんじゃ焼き?」
「一択じゃねぇか!」
 日和と徹夫が茶番を演じる。
 という訳で、お昼はもんじゃ焼きを食べることに強制的に決定した。
「もんじゃ焼きって、失敗したたこ焼きみたいな感じよね」
 もんじゃ焼き屋を見付けて席に座った早々、ツバキが言った。
「確かに、たこ焼き失敗したらべちゃーってなるよね」
「でももんじゃの味は独特だよ。ちょっと甘めっていうか」
「あ、甘い?」
 徹夫は昨日のThe 山を思い出して戦慄した。


 結構、もんじゃ焼きを初めて食べる人が多かったので、各自、粉物王国からの出身としていなかる料理なのかを議論し合った。
「これが……もんじゃ……」
 鉄板の上で生地を少しずつ焼きながら、小さなコテですこーしずつ食べる。
 水分は多め。味は独特。
「あー、これはこれでありね」
 おこげも一興。話しながら食べられるのが利点かもしれない。
 しかし、少しずつでありながらも、意外にお腹はいっぱいになるという。
「うん。これだと食べ過ぎないからいいね!」
 みんな満足だった。


「よーし、次は観光だ!」
 とりあえず、電車に乗る。
 そして、降りたのは浅草。
 目指すはあの有名な……
「雷門キタ━(゚∀゚)━!」
「おぉ、でけー!」
「人間すっぽり入れちゃうね」
 そう、雷門。初見のメンバーは有名どころを見てはしゃいでいる。
 そして、雷門をくぐり、いろんなお土産が売っている商店街に入る。
 結構、外国人が多い。
「和風だ! 日本的な土産! 面白い!」
 華やかな商店街を見て歩く。
「あ、あれは! 建設中のスカイツリー!?」
「おー!」
「おー!」
「世界一だっけ?」
「すげー」
 東京は人が多いものの、刺激的なものもたくさんあった。
 今回は満足な探索ができたのか、日和もご機嫌。
 夕方には電車に乗り、水戸を目指した。


「寒い……」
「夜だ! 何食べる? あんこう鍋? 納豆? 水戸ラーメン?」
「ホント、食べることばっかだな……」
「見るだけじゃ忘れるでしょう? 体に直接刺激を与えて印象づけないと!」
 今回は全員一致で、納豆を食べることになった。
 納豆料理を扱う店を探す。
「納豆……ケーキ?」
「納豆……アイス?」
 ゲ●モノも扱っているが、納豆料理専門店があったので、入ってみた。
 そして、適当に注文。出てきたのは……納豆づくしだった。
「は! 納豆+山芋+オクラってネバネバ度最強じゃね?」
「えーっと、右に30回、左に30回混ぜて、醤油とかつおぶしを入れて……」
 納豆の正式な食べ方なるものがあった。
 今回もハズレはなし! 満足して外に出る。


「宿は?」
「本日もネットカフェでございます」
 またネットカフェだった。
 そして、歴史は繰り返されることになる……