タタタタタ――
走る。見慣れた山を思いっきり走る。
三日間、家に拘束されただけでも、ストレスが溜まった。
家でまったり過ごすのも好きだが、一日に一回は変身して野山を駆け巡らないとストレスが溜まる。
家を飛び出しためえは走り続けているうちに、襲われたことなどすっかり忘れて、楽しい気分になっていた。
「あはっ♪」
景色が流れる。あまり乗ったことはないけど、流れる景色は電車の窓から見える風景に似ていた。
めえが走る後方、中国の少年がめえを追いかける。
「ハァハァ……何だ、あの速さ……」
小さな体のめえに全然追い付けない。
フルトランス時のめえは通常のフェネックの体の構造と基本的には同じ。しかし、そのスピードは通常のフェネックの走るスピードをはるかに凌駕していた。
「くそっ……このままじゃ見失う……今の状態であまり力は使いたくないが、仕方がない……」
気持ちを静め、体の内なる方へ精神を集中する。
「〝速く〟」
少年は自らに〝言霊〟を掛け、走る速さを強化した。
一方、めえは後方から急激に迫ってくる何かを瞬間的に感じ取った。
走りながらチラッと振り返る。すると、先ほど襲ってきた少年がものすごい速さで迫ってきていた。
「わあっ!! まだいたよ、あの人!!」
手にはやはり短剣を握りしめている。
「こわいよぉ……逃げなきゃ」
めえは交戦するよりも逃避を選択した。
今の体のままでは追い付かれてしまう。
しかし、それはヒトの姿でも同様のことだろう。
ならば、四足で最大限の速力を発揮できる半獣化したヒトとケモノの中間の姿へ。
いや、この場合、半獣化というよりも、ケモノ→ヒトへの変化であるから半人化というべきか。
どちらにせよ、めえは獣人形態になることを決めた。
走りながら呼吸を合わせ、自らの思い描く姿へ。
耳は大きいと邪魔だ。しっぽも軽量化したいので小さく。体は人の大きさに近い方がいい。襲われた時のために爪と牙は鋭く――
まるでモーフィング映像を見ているかのように滑らかに、めえの体がフェネックの姿からケモノ寄りの獣人形態にシフトする。
「!?」
後方から追っている少年はめえの変身していく様を見てまたも驚いた。
「あいつは変幻自在なのか……」
変身していく中で、めえの走るスピードも格段に上がるのを感じた。このままでは引き離されてしまう。
「くそっ! これ以上、自分に言霊を掛けて走る訳にはいかない……」
少年は力を外に向けて使うことを選択した。
「〝止まれ〟」
しかし、めえには効いていないようだった。
「チッ! 中国語では効かないか……」
少年は自分を叱責して、もう一度言葉に力を込める。
「〝止まれえぇぇぇぇぇー!!〟」
少年の叫び声は耳の良いめえに届いた。
言葉の意味を理解した瞬間、めえの体が急に動かなくなる。
「ふ、ふにゅっ!!?」
めえは急に体が動かせなくなり、勢い余って前のめりに三回転げて完全獣化した姿に戻ってしまった。
「はぁ……はぁ……追い付いた……」
めえは必死になって体を動かそうともがいてみるが、全然、体が動かない。
「言霊は習得していてよかった。お前が人間に近過ぎたことを恨むんだな」
またわけのわからない言葉を話す。
もう待ったはないようだ。殺意の溢れる少年が短剣を高く振りかざす。
剣先が太陽の光で輝き、死を垣間見るには、あまりにも美しい瞬間だった。
「こたろぉ……」
再び繰り返す記憶。最初に襲われた日と同じ。
あの時は自分でもよく覚えていないが、助かっていた。しかし、今回はそういうミラクルは起こらないようだ。
スローモーション。
少年が短剣をめえに向かって振り下ろす。その動作がすごくゆっくりに見えた。
しかし、やはり体の縛りは解けない。
めえはコタローの助けを切望するが、彼は依然消息不明。
ねえの言いつけを守らなかったことを激しく後悔した。
涙が出そうにも出すことさえできない。
この瞬間、一つの命が散った……