「唯われらを楽しませんとて萬の物を豊に賜ふ神」・・Ⅰテモテ6:17 | 聖書と私とコーヒーと+ワン

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~「わたしは道であり、真理であり、命である。」(ヨハネ14:6)~

この書物は、キリスト・イエスへの信仰を通して救いに導く知恵を
あなたがたに与えることができます。(Ⅱテモテ3:15)

Ⅰテモテ6章17節 (新共同訳)

この世で富んでいる人に命じなさい。

高慢にならず、

不確かな富に望みを置くのではなく、

わたしたちにすべてのものを豊かに与えて

楽しませてくださる神に望みを置くように。

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文語訳ですと、もっと素晴らしい響きなのです。

 

(文語訳Ⅰテモテ6:17-19)

汝この世の富める者に命ぜよ。

高ぶりたる思をもたず、

定めなき富を恃まずして、

唯 われらを楽しませんとて

萬の物を豊に賜ふ神に依頼み、

善をおこなひ、

善き業に富み、

惜しみなく施し、

分け與ふることを喜び、

かくて己のために善き基を蓄へ、

未来の備えをなして

眞の生命を捉ふることを爲よと。

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

唯 われらを楽しませんとて

萬の物を豊に賜ふ神に依頼み

 

この箇所に触れたとき、

 

神さまの御心は

「わたしたちを楽しませたい」?

わたしたちを楽しませるために

「すべてのものを豊に賜う」!?

 

神さまは

 

わたしたちを 楽しませたい。

 

あぁ、なんてことだろう、

と 思ったのでした。

 

過ぎた水曜の晩の集会で

お話とは別に

つらつらと手もとの聖書をめくったときに

この御言葉が 心に残ってしまったのでした。

 

前後の文脈とか、

ほんとうの意味とか、

そういうものは もういいのです。

 

ただ、

唯 われらを楽しませんとて萬の物を豊に賜ふ神

であられるという事実。

 

「子」を思う「親」の心のように

「肉親」の愛を感じるように

ひたひたと

穏やかにも豊かな「主」の慈愛を感じたのでした。

 

そして、

深い安心感で満たされました。

 

神の愛を 信じる。

神の愛を 信じよう。

神の目的を 信じよう。

 

 

神の真実を知って

ますます 神の御心を知りたいと願う。

 

ハレルヤ!