先日メンバー募集を開始したマスターマインドグループですが、

ご興味のある方から、以下のような質問を頂きましたので、

そのダイアローグを公開したいと思います。

(個人情報が特定されないよう、加筆・修正・削除しています。)




このダイアローグを通じて、

このマスターマインドグループに限らず、

マスターマインドグループに興味を示してくれる方が増えてくれたら良いな、と思っています。




■質問1

「ブログのマスターマインドグループに関して興味があり、メールを差し上げました。

グループの目的が「成功」を目指すものとありましたが、何か具体的なイメージ等がありますでしょうか?

グループの方向性であるとか、進行の仕方とかをお伺いしたいです。

昨年のセミナーでお会いしたので覚えておられるかもしれませんので、合う・合わないのジャッジ等、ご意見伺えれば幸いです。」




■キマからの回答1

「成功」に関してのイメージ、ということでよろしかったですか?

基本的に「成功」の中身については、メンバーそれぞれの個人的なものであり、私が明確化することはありません。

また、どっちみち、いくら明確化しようと思っても、人がそれぞれが違う人間=同じになることは決してなく、揉め事は100%必ず起こります。

ある意味では、それが複数の人間が集まる意味なのです。




「成功」としたのは、その言葉があることが、「場」をつくるからです。

メンバーの方はそれぞれの「成功」を期待して来られるはずです。

これは、やはり「幸せ」や「癒し」を求めてきた人が集まる「場」と異なってきます。

人の集まりを「成功」というある種の「フレーム」でくくることが、結局個々の「成功」を後押しする場になるのだと考えています。




進行に関しては、まだまとめきっておりませんが、

数カ月か1年は、私がリーダーとして、プランをたてて実行したいと思います。

そして任期が過ぎたら交代、で持ち回り、となります。

(もちろん、さらにプロジェクトごとの一時的な事実上のリーダーが現れてくると思います。)




マスターマインドグループの最低限のルールについては、またまとめた文章をブログに掲載しようと思っています。

PDFで配布し、私たちだけではなく、他の方がマスターマインドグループを開くための参考資料として使っていただこうと思っております。




マスターマインドグループに関しては、

たぶん世の中一般に出回っている知識よりもっと深いところの「集団に対しての知恵」を使いまして、構築したいと思います。

ただ、はじめにご理解いただきたいとのは、グループでは必ず揉め事が起こる、ということです。

途中でイヤになることが100%起こりますが、「それをみんなで超えていくこと」がお互いの力になる、というわけです。

そのノウハウは持っていますし、最悪の場合、ファシリテーションを依頼する先があります。

(プロセスワークのファシリテーション技法を使います。)




「合う・合わない」でいえば、

それは問題ではございませんので、ぜひご参加いただきたいと思います。

「合う」人はいずれぶつかるときも来ますし、合わない人であれば、だから自分の「殻」を破ることができます。

またはじめは「合わない」と思った人が生涯の友人になることだってありえます。

肝心なのは、結局は「問題が起こったときにきちんとコミュニケーションがとれるかどうか」なのです。

これができなければ、もともと人と関わる意味はありません。

以上、もしご興味があれば、ご参加ください。




■質問2

「個人的」なものという点においては、全く仰る通りと思います。

それゆえグループに参加する目的・主旨というのが、個々人でバラバラになるのかと思いました。

「お互いの成功を助け合う」という目的であれば、発散するんじゃないかと考え会の運営・進行はどのように行われるのか、疑問半分、興味半分という所でした。

(飲み会みたいな場で、取り留めもなく話をするのは、好みではありません。)




合う・合わないというのは、

会の主旨と自分のイメージとがマッチしているのかという点と、

メンバー間の考え方の差?による衝突は織り込み済みとはいえ、

相性や信条の差みたいなものもあるのかと思いました。




正直、興味は非常にあるのですが、どのように進むのか疑問な所もあります。

可能であれば、最初の数回、参加させて頂いて、その後を決めさせて頂けないかなと思いますが、いかがでしょうか?




■キマからの回答2

マスターマインドグループは、

誰か主催者がいてそこに参加する、というものではありません。

ゆえにどのように運営・進行するかはメンバーが考える、ということになります。




もちろん、私が発起人となりますので、私の研究からある程度のノウハウ等は提供できますが、

最後は、メンバーがマスターマインドグループを持ち続けたい、という意志があるかどうか、ということになってきます。




おそらく、一時的にはとりとめもない話をすることにもなるでしょう(実際それには意味があります。)、

でも、それが全くなくなる時もあるでしょう。




マスターマインドグループとはそういうものです。

だからこそ、「成功」を目指してお互いに協力しあう、という「名目」が大事になってきますし、

「依存的」ではなく、「積極的」に参加することが肝心、となってきます。




とはいえ、前回の回答でも書きましたとおり、当面の会合で実施することについては、

近日中に私から提案をした上で、さらに募集をかけていきたいと思っております。




ただ、繰り返しいいますが、

やはり、ここがマスターマインドグループの一番難しいところであるのですが、

マスターマインドグループとは、すでに出来上がったものがあるところに参加するのではなく、

「自分たちでつくりあげていくもの」ということです。

だからこそ、ある程度は時間と経済的な「余裕」のある人しか続けられないと思います。

自分だけでもある程度は成功できる。でも、さらにそれを加速的に進めていくための方法ですからね。




ただ、やはり世界中の成功者は、その面倒さにかかわらず、

「マスターマインドグループが人生においてもっとも成功の鍵であり宝だった」

という風に語ります。

その価値に関しては、正直私も未体験なので、わかりませんが、その言葉を信じてやってみよう、と思ったわけです。





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以前にも何度か募集しながら、

十分に人数があつまらなかったので進まなかった「マスターマインドグループ」ですが、

今回こそちゃんとつくろうと思い、また募集します。

(以前に参加希望をいただいた方には、また声かけしますね!)




今回は3ヶ月くらいかけて、何度か募集をかけていこうと思っています。

以前は、1~2回の告知で辞めてしまっていたので、そりゃ集まりませんわね・・・。

某・伝説のビジネススクールでは、

やりたいことがあったら最低でも7回はあきらめずにやってみる、

と言われましたし。




さて、

西洋では、

成功者は必ず「マスターマインドグループ」を持っている、

と言われます。




前の記事で書いたとおり、

僕は「成功」が一番大事なもの、人生で最も目指すべきものだとは思っていませんが、

人生をより豊かに過ごす「やりがい」として「成功」を目指すのは素晴らしいことと思っています。




まあそもそも、

ガツガツして目指す「成功」は、あまり健康的ではない。

みんなで楽しみながら「成功」を目指したいものです。

マスターマインドグループとは、そういうためのものです。




ようするにこれは「個人」を超えた「場」づくりなのですから。




さて、そこで、

さらに「成功」かつ「幸せ」になるためのマスターマインドグループ、

を、ぜひ東京と大阪でつくりたいと思っています。

月1に1回、会合で意見交換・研究などをする予定です。




参加条件は、

・自分は「これだ!」と思える専門領域があること

・一度マスターマインドグループに入ったら、一人で勝手にやめないこと。

・ある程度お金と時間に余裕のある人、

・基本的に月1の会合に参加することができること

・自分が主催している、くらいの気持ちで参加できる

人です。

各グループは12名が定員です。




1、

「自分は「これだ!」と思える専門領域があること」

が条件かといいますと、

相互に協力していけるためには、

それなりに「自分の道」を見つけている人でないと他人の時間とエネルギーを奪ってしまうことになるからです。

それはマスターマインドグループでは許されません。

基本的にマスターマインドグループは、

「与え合う関係」が必要だからです。
(もちろん「きちんと受け取る」ことも大事です。)




ですから、逆に言えば、

「コレ」という知識や経験をもっていなくても、

「私はこれが与えられる!」というものがあればいい、

ということでもあります。

(「若さ」や「熱意」、「主婦の目」とかね。)




2、

なぜ一人で勝手に辞めてはいけないか、

といいますと、

「グループでの混乱・不満」が起こったときこそが、

まさにグループがさらに素晴らしいグループに変容するための「転換点」となるからです。




その混乱、渦中にとどまることが、グループを、そして私たちを「次のレベル」へと転換させるのです。




逆に言えば、

とくに混乱もなく、特にグループ内での原因でない時なら辞めても構わない、

わけです。




3、

「ある程度お金と時間に余裕のある人」

の理由は、

すぐに「結果」をだそうとしていると関係がギスギスし、創造的なものが生まれないためです。

マスターマインドグループは、

「結果」のためのグループではありませんから、

生活に余裕がない人には続けての参加は難しいと思うからです。




4、

「基本的に参加することができる人」

というのは当たり前ですが、

限られた定員で行うわけですから、

そこには参加できなかった人も出るでしょう。

そういった人たちへの責任も背負い、ちゃんと参加するようにしてください。




5、

「自分が主催している、くらいの気持ちで参加できる」

は、説明するまでもないと思いますが、

「マスターマインドグループ」に参加したら何か得られるかも、

みたいな依存型の人はお断り、ってことですね。

自分で「マスターマインドグループ」を楽しいものに「する」ぞ!

って人を募集中です。




僕はあくまで「発起人」であり、「リーダー」ではありません。

マスターマインドグループは「フラット」な関係であり、「リーダー」はいないのです。

(ただし、会場を確保したりなど、一時的なリーダーは必要なので、期間などで持ち回りにすると思います。)




以上、興味ある人はダイレクトでメッセージくださいね。

あなたを一生のお付き合いができることを楽しみにしています!




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前の記事でご質問をいただいたので回答したいと思います。

質問は、

「『ありのまま』ってよく言われ、混乱がありますが、結局なんなのでしょうか?」

ということだと解釈しました。




そもそも「ありのままの自分」ってなんなの?

って話ですが、

「ありのままの自分」というのは非常に難しいです。




私が言える限りでは、

まず、

「自然」つまり「ありのまま」



「放任」つまり「ほったらかし」

というのは全く違う、

ということです。




悲しいかな、

人はその天才である「意識」が他の動物に比べて圧倒的に発達したために、

「自然」から離れてしまいました。




というのは「意識(分かりやすく言えば「マインド」でしょうか。)」には、

自然の全体性、人の場合でカンタンにいえば、「全体としての人」を、

それこそ「ありのまま」理解することができません。




本来は「意識」は、「私」という「全体」の一部でしかありませんでした。

「思考」も、本来は少なくとも「体」というものの一部が生み出す機能的現象にしか過ぎませんでした。




しかし、

これが私の「主」のようになっているのです。

つまりこれが「自我」であり、「『私』だと信じている私」と言えるでしょう。




でも、これがそうではないことは知識があれば明らかです。

たとえば、人は内臓、とくに胃腸が悪くなると健康的な思考ができなくなります。

疲れているときには、前向きになるのは極めて難しいものです。




ある人を嫌な気持ちにさせようと思えば、

知らないうちに、

肩に少し重みがかかるように、

胃腸に負担がかかるように、

睡眠不足になるように、

下を向くように、

呼吸が浅くなるように、

すれば、知らない間にそのある人は「ウツ状態」になっていくでしょう。




これは、

ようするに「私」だと思っている「私」は、肉体に支配されている、という証拠です。




(ここで話したいことはいっぱいあるのですが、

みなさんが興味あればまた次回に書くとして、とりあえず話を戻しましょう。)




そういったわけで、「ありのままの自分」を「私」たちには理解ができない。

だから、まあ、本当のところをいってしまえば、

本当に「ありのままの自分」を受け入れる、なんてのは事実上不可能です。




しかし、だからといって「放任」してしまえば、

実は「意識」によって制限され、すでに特定のパターンに形作られているので、

固定化し、最後には自己崩壊していきます。

(↑なぜなら、変化するのが自然だからです。)




ですから、

ハマってしまっている「固定観念」をはずすために生まれたのが、

「ありのままの自分を受け入れなさい」

という「フレーズ」、まあ「道具」ですね、なわけです。

ようするにこれは、「方便」ですよ。




「ネガティブな自分も愛しましょう」

「そういうのもいいじゃないですか」

「まあ、人間ダメなところもありますよ」

「そんな自分も大事にしてみてください」

など、「方便」はいろいろあります。




結局のところは、

その「方便」で、

「本当に何をしてあげたいのか」
「どんな結果にもっていきたいのか」

ということが最も肝心なところではないでしょうか。




それを忘れて、

『ありのままの自分を受け入れられない!』

なんて考えさせてしまっては、元も子もありませんね。




「言葉」というのは「一人歩き」しますので、

みなさまもくれぐれもハマらないように。

「他人の体験」は、あくまで「他人」にとって意味があった、というだけですからね☆




それでは、また。




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