最近良く分かってきたことがありまして、

それは、何が起こるにも原因は一つではない、ということ。



もちろん、たとえば問題にはたしかに「核心」というのはあるんだけど、

でもその核心をつくっているのはいくつもの要素。



心理学や身体的な技術、霊的な事柄などを学んでいると、

ついつい「この原因は何なのか?」「これをするにはどうしたらいいのか?と考えながら、

一つのことに流れていきがち。

でも、物事っていうのは、いろいろなものが重なり合って出来上がっているんだな。



でも、面白いのは、ほとんどのものはその一つだけを変えれば変わる、ってこと。

これをたぶん陰陽道では「配列」といっているのだけど、

結局物事は「因果」というよりは「配列」によって起こっている。



何かが起こっているときは、何かを変えさえすれば、物事は変わっていく。

そして、そのフィードバックを見るんだ。

フィードバックというのは「反応」ということね。

フィードバックが悪ければ、変えたのを戻せば言いし、良ければもっといろいろ変えてみればいい。



心理や身体の勉強をしていると、とにかくいろいろなアプローチがあり、解決法があり、世界観がある。

で、「どれが一番いいんだ!」なんて考えはじめるとワケわからなくなっていくのね。

それぞれに、それぞれの良いところがあって、でも時として相互つじつまは合わないんだな。



う~~ん、だからどういうこと?

といわれると、まだはっきりとつかんでいないので分からないのだけど、

物事をなすとき、または解決するときは、あまり一つのことにこだわってはいけない、

ってことなんじゃないかな。

一つの手法や原因にひたすらこだわるより、

たくさんのものをチョコチョコと変更したり、たくさんのアプローチをかけていったほうがいいのではないだろうか?

もちろん、どの変化がどの結果を起こしているのかのフィードバックは分かるようにしておきながら。



これってビジネスにもいえること。

ダイレクトレスポンス(略してDRM)という、日本では神田昌典さんが広めたマーケティングの方法があるけど、
世界的なDRMのグルであるジェイ・エイブラハムのインタビューなんて聞いていると、
要は、「なにを変えたらどういう反応に変わっていくか」をどれだけテストできるか、ということみたい。

日本ではどうも勘違いされて、「これをやったら反応が良くなるよ」みたいにノウハウとして思われているけど、そうではないみたいですね。

ようするに、たぶんほんとに熟練してきた人ほど、

ビジネスって何をやればうまくいくか、っていうのは分からないからとにかくたくさん仕掛けて失敗してテストしなければいけない、

っていうのが分かってるんだろうな。

ロバキヨも、ビジネスをやったら100個のうちの1個しか成功しないと思っておきなさい(転じて、成功するためには100個ビジネスをつくれば1個は当たると考える)、といっている。



まだよくわかんないけど、人の日常生活というマクロのレベルでは、相互作用がありすぎて、まだまだ「因果」では理解できない世界なんだな。

なんてことを思った。



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温泉から帰ってきてから、なんか時間が狂っています。

今日は、12時間勘違いをしていました。
あまりに疲れているので、もう夕方まで寝てやろう、、、と思っていたのに、起きたら朝の6時半。
自分のなかではたしかにお昼ごろになんどか起きた、、、という記憶があるのですが、、、これは一体?という感じです。



ちょっとしたことで時間の感覚が狂ったり、思考がおかしくなったり、いつも見ているものが前と違って見えたり、、、

人というのは本当に不思議なものです。

だから、面白いですね。




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これは以前のブログで2007年の5月22日に書いていたもの。
記事の中身自体は2007年の1月1日に書きました。

僕としては、今でもひ孫のことを考えて行動することはとても重要だと思っているので、
だいぶ昔に書いたので、言葉使いも今とは違うかもしれませんが、
たくさんの人に読んで、そして自分でも書いてみて欲しいので、この新しいブログでも再度掲載します。

いつか、みんなで「ひ孫への手紙」を書く、なんてプロジェクトをやってみたいな。


それでは、以下、僕の「ひ孫への手紙」です。


>>>>>

はじめまして、ひいおじいちゃんです。
木全慎也(キマタシンヤ)といいます。
僕は西暦という暦で2007年の1月1日にこの手紙を僕のひ孫である君に書いています。
今そっちは何年だろう?
ひょっとしたら「~年」とかもう使ってないかもしれないね。

今、君の周りはどうなっていますか?
息は気持ちよく吸えますか?
まだみんな仕事のために仕事をしていますか?
しんどそうな顔の人は多いですか?
どんなことにみんなは興味を持っているのだろう?

僕は君が生きている時代をよくしようといろいろとがんばっています。
とはいえ、人生も楽しんでいるよ。
なるべくいっぱい遊ぼうと思っています。


今、僕が住んでいるところは、周りに土もなく、空は狭く、グレーによどんでいます。木も動物もいません。長い間街を歩いていると、チリや自動車という乗り物からの油で顔が汚れたりします。
周りの人たちは毎日、朝から眠りたいのも押して起き、ありえないほどぎゅうぎゅうづめの電車にのり、特別何かや誰かのためになるものを生み出すわけでもない仕事に向かっていきます。お金を稼ぐことだけが目的の仕事です。
「生きるために仕事をする」ということがまかり通っていますが、君の時代はどうだろう?
もっとひどくなっている?
それとも遠い昔みたいに、あるいは少し前の未来の夢みたいに、食べるものには困らずにいるかな?

僕の周りは、自分の周りを汚さなければ生きていけないようになっていて、変な感じです。
毎日山のようなゴミが出て、それをせっせと毎日たくさんの人が捨てにいっています。
君の生きている時代には「ゴミ」という言葉はあるだろうか?
あってもひょっとしたら僕の時代とは違う意味で使っているかもしれない。。。

教育法はどうなっているだろう?
きちんと育ててもらってきたかな?
僕の時代には、みんなは仕事をするために生産されるように教育されているよ。自分で考えたり、人生を幸せに生きるためではなく、、、、何のためだろう?
最新の情報を理解するためだろうかな。
自分たちでもわからないってのは変だよね。
でも、そういうものが「教育」っていわれている。
君たちの時代では僕らの時代の「教育」はなんていわれているのかな。
とてもバカバカしくみえたりする?
それともキチンとしていた時代なんていわれていたりするのだろうか?
そんな風に言われているなら、きっと君もとても窮屈に生きているだろうね。大変だね。


僕は、君たちが幸せに、人生をイキイキと生きていけるように勉強も努力したつもりだし、今もやっているけど、なかなかうまくいかない。
僕にはまだ僕自身がこれからどうなっていくかわからないからなんとも言えないけど、これからもっと世界を良く変えることができたらなって、思うよ。
君が自慢できる曾祖父だったらいいな。
もし恥ずかしい曾祖父だったら・・・ごめんな。
これでもなるべく君のことを考えてがんばったつもりだったんだけど。

本当に、君の時代がどうなっているか知りたい。
もしそれが分かるなら、きっともっとうまくいろんなことができるに違いないのに、と思う。
君がもっと幸せに暮らせる時代をつくることができるかもしれない。
でも、
未来予知の練習なんかもしてみたりもしたけど、
それはやっぱりできないから、
僕はただ、君のいる、僕の時代からみた未来を想像していろいろとがんばるよ。
なにしろ君の時代にあるものは、きっと僕や僕の時代にいる人たちがつくった・つくってしまったものだろうからね。
責任をもって、がんばります。
僕の一言一行動が君の時代をつくっているのだからね。


君も、僕みたいに自分の子供たちのことを考えて行動できる人間になってほしいな。
そんなこといって、君の住んでいる時代がどうしようもなくイヤな時代なら、恥ずかしくて頭が上がらないけどさ。。。
そんなときでも「どうせがんばったって無駄なんだ」って思わずに、希望を捨てずにがんばってください。いつかきっと僕らの努力が花咲くときがあるはずさ。・・・と僕も自分に言い聞かせてがんばっているので。

まあ、ほんとに、君の時代が僕らの時代よりもっともっといい時代だったらいいな。
自分の国をもっと愛せたら、
自分の親たちをもっと尊敬できたらし、
自分の文化をもっと素晴らしいと思えたら、
周りにある物がもっと美しいと思えたら、
毎日食べるものがもっともっと美味しいって感じられたら、
普段から「とっても気持ちいい」って思えたら、
生きているって素晴らしい!って思えてたら、
すごくいいなって思うよ。
そうなっていることを願っています。


2007年元旦。
僕は君のことを思い、君の住んでいる環境のことを思い、
再び決意をかためつつ、この手紙を書きました。
この手紙が、君が誇りを持って読んでいることを信じています。

それでは、君も身体には気をつけて。
どんな時代であっても、なにしろ健康が一番ですよ!(^^)



木全 慎也
2007年1月1日
大阪にて



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