その1の続きですが、
この例で、
「先生と生徒」という関係が
崩壊したからといって、
「すぐに疎遠」になるわけではありません。
ただ、その人間関係という「建物」を築いてきた「柱」が抜けてしまった。
だから、もしそこに新たな柱を入れるかしない限りは、
いずれは崩壊します。
といっても、
建築物であれば、
そこに新しい柱をそのまま入れ替える
ということができるかもしれませんが、
残念ながら人間関係においてはできません。
その柱のあとに構築されていったすべての部分に、
その柱が入り込んでしまっているからです。
たとえば、あなたの人生で、
子供の頃に「たしかにあった」と疑いようもないと思っていた事柄が、
タイムマシンかなにかで「無くなってしまった」としたらどうなるでしょうか?
通っていたはずの小学校が存在しなかったことになったら?
長い時間を一緒に過ごした友人がいなかったとしたら?
etc
そうなると、
そのあとの人生、
そして「今」の人生は、違っているものになっているはずですよね?
これと同じようなことで、
人間関係において、
その「畑」となったものが無くなってしまうと、
その後に一緒に作り上げたものは、
すべて「根本から変容」してしまうのです。
「無いことになってしまう」
といっても過言ではありません。
だから、
「長年一緒に築いてきたはず・・・」だけど「すでに変容してしまった過去」を「材料」として
新しい人間関係を作り直す、というのは、
かなり困難を伴うものなのです。
(その3に続く)