前回の続きです。
前回、人が幸せでいられるのに必要なのは「居場所」で、
それは「人間関係」のなかにある。
と書きました。
でも、これに加えて、必要なのは、
実は、戻って「場所」です。
まあ、これは当たり前っちゃあ、当たり前なのですが、
人というのは、肉体という「物質」があり、ある程度の空間を必要とします。
「居場所」というのは、本当は「精神的なもの」であり、
また様々な特定の人々が「織り成す」ところにできあがるものですが、
それを「投影」するための「空間」が必要なんです。
で、それが「会社」になる。
そもそも、
人のアイデンティティー、つまり「私」というのは、
人間関係と環境などの「外部」があってはじめて生み出されるものです。
ですから、友人や付き合う人が変われば、人の性格や思考はカンタンに変わります。
(変わらずにいられる人が、より力を持つ、というのはこの世界の構造です。)
逆にいってしまえば、
「ある人」から、人間関係や環境を奪ってしまえば、
その人のアイデンティティーは崩壊してしまうのです。
世界、そして日本では、
近年「個人主義」のために、
・・・というよりは、
「個人主義」という思想をベースとして、
要は人が個々でバラバラに生きている状態、が多く起こるようになりました。
つまり「外部」が昔と比べ、減ったり、またはつねに流動しやすくなった、ということです。
これにより、
人のアイデンティティーは、不安定なものになりました。
「自分探し」なんていうのは、その最たるモノで、
じゃあ、自分の内側に「アイデンティティー」を探してみよう、
という発想です。
でも、残念ながら、
内側を一生懸命探したけれど、
探せば探すほど「アイデンティティー」が見えなくなって、
ますます不安定になってしまった。
というのは、ことの顛末でした。
つづく・・・
前回、人が幸せでいられるのに必要なのは「居場所」で、
それは「人間関係」のなかにある。
と書きました。
でも、これに加えて、必要なのは、
実は、戻って「場所」です。
まあ、これは当たり前っちゃあ、当たり前なのですが、
人というのは、肉体という「物質」があり、ある程度の空間を必要とします。
「居場所」というのは、本当は「精神的なもの」であり、
また様々な特定の人々が「織り成す」ところにできあがるものですが、
それを「投影」するための「空間」が必要なんです。
で、それが「会社」になる。
そもそも、
人のアイデンティティー、つまり「私」というのは、
人間関係と環境などの「外部」があってはじめて生み出されるものです。
ですから、友人や付き合う人が変われば、人の性格や思考はカンタンに変わります。
(変わらずにいられる人が、より力を持つ、というのはこの世界の構造です。)
逆にいってしまえば、
「ある人」から、人間関係や環境を奪ってしまえば、
その人のアイデンティティーは崩壊してしまうのです。
世界、そして日本では、
近年「個人主義」のために、
・・・というよりは、
「個人主義」という思想をベースとして、
要は人が個々でバラバラに生きている状態、が多く起こるようになりました。
つまり「外部」が昔と比べ、減ったり、またはつねに流動しやすくなった、ということです。
これにより、
人のアイデンティティーは、不安定なものになりました。
「自分探し」なんていうのは、その最たるモノで、
じゃあ、自分の内側に「アイデンティティー」を探してみよう、
という発想です。
でも、残念ながら、
内側を一生懸命探したけれど、
探せば探すほど「アイデンティティー」が見えなくなって、
ますます不安定になってしまった。
というのは、ことの顛末でした。
つづく・・・