人がなにかを学ぶには、
2つの学習方法
があります。
1つ目は、
頭で学ぶ方法。
2つ目は、
身体で覚える方法です。
1つ目の頭で学ぶ方法は、
「脳」で、
という意味ではなく、
つまりは「論理」で、ということです。
これは、こうなっているから、こうなんだ。
という学びです。
ちなみにこれは、「論理」が分かるようにならないとできません。
「論理」が分かるようになるのは、
個人差はありますが、およそ5歳。
自分の記憶を思い返してもらえれば分かりますが、
記憶がある、つまり「物心」がついてきたころが、
大体「論理」が分かってくる歳、ということになります。
逆をいえば、
それまでは「論理」では学べない、
ということ。
またさらにそれは、
それまでの間は、
全てを身体で学習してしまう、
ということです。
身体で学習する、
とはどういうことかというと、
感覚だけで理解している、
ということです。
ちょっと説明が難しくなってきましたので、
例をあげて説明しましょう。
ある子供が、
ハサミで遊んでいるとします。
そのときに、お母さんが「あぶないからやめなさい!」
と大声をあげました。
そして、その子は、その声に驚いて、泣いてしまいました。
このとき、論理が分かれば、その子は、
「ああ、危ないから、お母さんは声を出したんだ。」
と理解することができます。
ですが、論理が分からない年頃の子供は、
今やっていることは怒られることなんだ、
と理解します。
もちろん、その「今やっていること」というのは、
はっきりなにかは理解しません。
これを繰り返していると、その子は「好奇心を持って遊ばない子」になりやすい。
なぜなら、その子は、
「なにか楽しいことをやっていると怒られる」
という反応=身体で理解してしまったからです。
ちょっと説明が難しいのですが、
こんな風に、論理が分からない子供に、
大きな声で叱りつける、
というのは、恐怖感を与えるだけで、何の意味もなしません。
「躾(しつけ)」にはならないのです。
子供を育てるときには、
この2つの学習方法を良く理解していないと、
思ってもみないことで、子供が意欲をうしなってしまったりします。
ぜひ気をつけてみてください。
なんか今日は、文章が固くて、自分で書いていても面白くありませんでした。(笑)
2つの学習方法
があります。
1つ目は、
頭で学ぶ方法。
2つ目は、
身体で覚える方法です。
1つ目の頭で学ぶ方法は、
「脳」で、
という意味ではなく、
つまりは「論理」で、ということです。
これは、こうなっているから、こうなんだ。
という学びです。
ちなみにこれは、「論理」が分かるようにならないとできません。
「論理」が分かるようになるのは、
個人差はありますが、およそ5歳。
自分の記憶を思い返してもらえれば分かりますが、
記憶がある、つまり「物心」がついてきたころが、
大体「論理」が分かってくる歳、ということになります。
逆をいえば、
それまでは「論理」では学べない、
ということ。
またさらにそれは、
それまでの間は、
全てを身体で学習してしまう、
ということです。
身体で学習する、
とはどういうことかというと、
感覚だけで理解している、
ということです。
ちょっと説明が難しくなってきましたので、
例をあげて説明しましょう。
ある子供が、
ハサミで遊んでいるとします。
そのときに、お母さんが「あぶないからやめなさい!」
と大声をあげました。
そして、その子は、その声に驚いて、泣いてしまいました。
このとき、論理が分かれば、その子は、
「ああ、危ないから、お母さんは声を出したんだ。」
と理解することができます。
ですが、論理が分からない年頃の子供は、
今やっていることは怒られることなんだ、
と理解します。
もちろん、その「今やっていること」というのは、
はっきりなにかは理解しません。
これを繰り返していると、その子は「好奇心を持って遊ばない子」になりやすい。
なぜなら、その子は、
「なにか楽しいことをやっていると怒られる」
という反応=身体で理解してしまったからです。
ちょっと説明が難しいのですが、
こんな風に、論理が分からない子供に、
大きな声で叱りつける、
というのは、恐怖感を与えるだけで、何の意味もなしません。
「躾(しつけ)」にはならないのです。
子供を育てるときには、
この2つの学習方法を良く理解していないと、
思ってもみないことで、子供が意欲をうしなってしまったりします。
ぜひ気をつけてみてください。
なんか今日は、文章が固くて、自分で書いていても面白くありませんでした。(笑)