下の続きです。


もう一ついえば、人間の脳は、「枠」で物事を捉えることが必要です。

それがないならば、人格と世界はその人のなかで崩壊します。

現代は、自由すぎるからこそ、人はフラフラして、不幸せになってしまう。
なぜなら、完全に自由=自分は誰でもない、ということに繋がってしまうからです。

だから、会社などを首になったり、友人や恋人がいなくなると、神経症や精神病になったりする人がいます。
アイデンティティの崩壊、ということです。

そのときに「道」さえあれば・・・そのときの迷いや苦しみさえも「具体」として結実するのです。



どうせ人生が苦しむのなら、最後の足がかりはあった方がいい。

それが昔の人にはわかっていたのでしょう。

「道」は自由だから、どうせ何をやっても同じだったんです。

「道」を歩めない人が、言い訳として「道」を批判したのでしょう。

いや、それは言いすぎかな。本人は、うまくいかないのは「道」のせいだと思ったのかもしれない。

でも、そこが原因じゃなかった。

うまくいかないのは、「道」のせいじゃなかった。

それは自分の「やり方」だったんです。

「道」は「空」だから、なんでもできた。

でも、しなかった。それは自分の「こだわり」「思い込み」があるから。



苦しみを生むのは「こだわり」です。

「こだわり」は「抽象」だから、「具体」である「道」ではなかったんですね。



これくらいで「道」については終わりにしましょう。

まあ、これは、分かる人には分かる話で、分からない人には分からない話ですから、あまり書いても仕方がないですね。

ちなみに「分かる分からない」というのは、「頭が悪いから」とかそういう意味ではなく、

タイミングや状況、経験、個性などそういったことからくることです。

まあ、「言葉」というのは、そういうものですね。



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