前に日記で書いていた「箱枕」が届きました!!!

ちょっとつかってみたら、これが気持ちいい!!!

やっぱりよくできてる~~~~。。。



前にどこかのブログで、これをつかったら肩がこって・・・とありましたが、

たぶんその人はよっぽど体の調子が悪かったのね。。。



日本の古い生活道具たちは、面白いことに、体調が良くないと使えないようになっています。

というのは、体の調子を整えてくれるものだからです。

日本の敷布団も、体の調子が悪いと体が痛くなります。

これも、骨格が治ってくる過程で、今まで無理になっていた構造に一時的に負担がかかるからだと思われます。



また、日本の生活道具は、わざと不便にしてあるように思います。

というのは、便利を追求すると、おかしくなっていくからです。



たとえば、着物というのは、ちゃんと体を動かさないとはだけてしまうわけですが、

この「はだける」というのはようするに「体の動きにあわせて服がずれてくれる」ことを意味します。



洋服は、体が動いたときにずれてくれないので、作る段階で「ゆるみ」をいれたり「ゆとり」をいれたりするわけですが、

やっぱり単純な立体ではなく、また単純な動きをしない人体にはどうしても無理がでてきます。

洋服を着ていると、じつはその服のひっかかり、などによって小さいストレス(負担、という意味ね)を人体は感じます。

そしてそれにあわせて筋肉を変化させていきます。

だから、安いスーツなんかをていると、どうしても肩は凝るし、体は歪んできます。



なので、昔は洋服も全部オーダーメイドでしたが、

今の既製服は、「平均」というありえない立体を元につくっているので、

ようするに今の洋服は、「体を服にあわせて着る」

という無茶な状態です。



着物の概念は、これとは違った概念でつくられているようです。

というのは、体を動かすと着物が崩れることにたいし、

西洋は「崩れないように」服をつくっていったのに対し、

日本では「崩れたら直せばいい」というものであるように思います。



これは、

西洋が「自然をなんとか征服しよう」としてきたのに対し、

東洋が「いかに自然にそって生きる」か、

という思想のあらわれだと思います。



着物が「劣った服」というのは明治時代にはいって植え込まれた思想です。

というのは、

着物をすこし知りはじめれば分かることですが、

蓑虫の皮で帯を作ったり、一本の木を育てるところからはじめる反物があったり、

今ではできないほどの技術の染色法で染めることができた人々が、

「じゃあ、ここをもうちょっとこうしたら着易いのに」

と考えなかったわけがありません。



着物は、2千年以上にわたって、世界最高の技術力と完成を持った人たちが、

「この形状がいい!」と行き着いた究極の服なのです。



今でも、日本の繊細な技術力は確実に世界最高です。

コンピューターでもできない繊細な仕事が手でできるのは、日本人だけです。

なぜかは分かりませんが、そうなのです。



また、日本ほど、悪くいえばいちいちすべてのものに工夫を加えていく人たちはいません。

たとえば、靴一つをとっても、これほどバリエーションがあるのは日本だけ。

それはペンでも、財布でも、野菜でも、本の形状でも、包装紙をとってもそうなのです。



ちょっと余談が長くなってしまいました。。。



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