昨日5月6日は、夫婦そろって誕生日でした。



彼女とあったのは、アメリカから3年ぶりにちょっとひさしぶりの息抜きで日本に帰ってきたとき。

アメリカでちょっといろいろなことが停滞ぎみだったから、一度日本に帰ってみた。



実家は名古屋なのだが、そこではやることもないので、大阪の友人のうちに泊まり、

名古屋にいくついでに、たまたまその時にその友人が企画していた勝浦でのイベント(あるアートスクールの同窓会みたいなもの)に参加した。



僕はイベントごとは、なんどもさんかしてみたけど、やっぱりあまり好きではないので、普段はいかないのだけど、

そのときはたまたま行くことにした。

そこで彼女にあった。



彼女は、学校にいっていたときは、話したことはあったけど、ほとんど知らなかった。

でも、そのときはなんかピーーーんときたんだな。



こういうとき、ようするに感情がたかぶったとき、

僕は何をするかというと、まず自分の内面をみる。

感情が高ぶるときは、大体の場合は、自分の投影の場合がおおい。

とくに恋愛がらみのときには、自分にない(と信じているもの)を相手に求める傾向が、人には一般的にある。

でも、そうすると、あとで破局しやすいんだな。



なんで、か、というと、

それは人は同じ人でい続けることはありえないし、

また、人っていうのは、いろんな側面をたくさん持っている。

「こんな人」っていうのは、あるときのあるタイミングでのものでしかないから。



他には、恋愛で熱くなっちゃうときには、お互いに「ないもの」がぴったりはまった時が多いのだけど、

それって、お互いに一緒にいることでだんだん一時的に満たされて、必要なくなっちゃうんだ。



「昔はお前、○○な性格だったよね。」
「あなたは○○な人だとおもったからつきあったのに」

なんて会話をよく聞くが、そりゃそうだ、ってこと。

相手も変わった。あなたも変わった。

だから、もう「お互いに埋めあう関係」、「相手がいないといけない」という状態は続かないんだ。



「君がいないとダメ。」

なんて美しい言葉に聞こえるけど、こういう状態で付き合うと、間違いなくあとでトラブルよ。



「あなたがいなくても別にいいし、私は一人でもやっていけるんだけど、

でも、一緒にいるとなんか幸せ。」

そういうのが、本当に自然に惹かれあっている関係なんだ。




と、説明が長くなってしまったけど、

そうやって、彼女とは出会った。

別に彼女がいなくても僕は幸せ。でも、なんか一緒にいるのが幸せなんだな。



そうして付き合うことになったのだが、

誕生日(1年違いだけど_も血液型も同じだと分かったのはそれからだいぶ先。

他にもさまざまな共通点やシンクロがあった。

不思議でした。



「運命の出会い」

っていうのがあるのかどうかはわからないのだけど、

そういう感情的なもつれ、心のもつれを、

カンペキではないけど、ある程度理解して関係をもつと、

やっぱりこういうことが起こるらしい。



そのあとも、いろいろなことがすべて仕組まれているかのうなタイミングで起こった。



世の中って不思議だ。



人気ブログランキングへ
↑↑↑
記事を読んだらポチッと応援☆