人というのは、あるものに対して意識が明確であればあるほどそちらに自然に向かうようにできている。
逆に、曖昧なものには向かっていかない。
だから下の記事で、
「幸せになるにはどうしたいい?」
と考えることをオススメしましたが、
それをとにかく明確にしましょう。
と、ここで、多くの人が間違うのは、
「幸せ」への答えを自分の「外側」に探してしまう。
「どんな人が幸せだろう?」
「幸せってどんなだろう?」
でも、当然そこにはない。
自分の幸せは、いつも自分の内側にしかない。
人は、それぞれが自分の幸せを持っている。
人には、それぞれに違う流れが流れている。
だから、何で「幸せ!」と感じるかが違う。
だから、どんなに他人の幸せを眺めて、
「あれが欲しい。ああなりたい。」
と思っても無意味。
とはいっても、意識の持ち方によっては無意味ではない。
「あれが欲しい。ああなりたい。」、と思ったときに、
それがあくまでアナタの内側での「想像」に過ぎない、
ということに気づけばいい。
ようするに、相手の言葉を通して、自分がいいと思う状態を「投影」しているからだ。
その投影さえた「像」または「心像」を通して、自分をみればいい。
たとえば、芸能人をみて
「あうらやましい。ああ、なりたい!」
と思ったとする。
でも、それはその芸能人さんの「一側面」しかみていない。
それはあなたの意識が、そこにあるすべての情報のなかの「たった一部」を、
自分の内なる望みの「投影」して移しだしたものだ。
だから、
上の「ああ」という部分を、明確にすると、自分が見えてくる。
ようするに、
「あなたは、何をみているの?」
ということです。
この話もそのうちもっと説明していくのだけど、
こうやって物事を見ていくと、
自分がみているこの世界は、ほとんどは自分自身でしかない。
あの人はこう、自分はこう、こういうことはこう。と思っているのは、すべてあなた自身がそう見ているからに過ぎない。
そもそも自分自身はこうだ、
というのも自分の幻想にしか過ぎない。
だから、私たちは、
(自分がそう見える)外の現象や自分の思いを、ある意味で第3者的にみて、
今の自分はこうなんだ。
より正確には、今の自分となっている「流れ」はこうなんだ。
と客観的に判断するしかない。
もちろんこの「客観性」もまた、「主観」からは逃れられていないけど、
それはそれで良いのです。
重要なのは、
全てはあなたが思っている通りになっている、
と思うことです。
と突然いいはじめると、なんか「スピリチュアル」になってしまうので、
このへんで話をやめよう。
きちんと一つ一つ、心の現象を理解していかないと、それはただの「思い込み」になってしまうので。
また、そのうち書いていきますので、読んでいってください。
ランキングのご協力、お願いいたします。
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逆に、曖昧なものには向かっていかない。
だから下の記事で、
「幸せになるにはどうしたいい?」
と考えることをオススメしましたが、
それをとにかく明確にしましょう。
と、ここで、多くの人が間違うのは、
「幸せ」への答えを自分の「外側」に探してしまう。
「どんな人が幸せだろう?」
「幸せってどんなだろう?」
でも、当然そこにはない。
自分の幸せは、いつも自分の内側にしかない。
人は、それぞれが自分の幸せを持っている。
人には、それぞれに違う流れが流れている。
だから、何で「幸せ!」と感じるかが違う。
だから、どんなに他人の幸せを眺めて、
「あれが欲しい。ああなりたい。」
と思っても無意味。
とはいっても、意識の持ち方によっては無意味ではない。
「あれが欲しい。ああなりたい。」、と思ったときに、
それがあくまでアナタの内側での「想像」に過ぎない、
ということに気づけばいい。
ようするに、相手の言葉を通して、自分がいいと思う状態を「投影」しているからだ。
その投影さえた「像」または「心像」を通して、自分をみればいい。
たとえば、芸能人をみて
「あうらやましい。ああ、なりたい!」
と思ったとする。
でも、それはその芸能人さんの「一側面」しかみていない。
それはあなたの意識が、そこにあるすべての情報のなかの「たった一部」を、
自分の内なる望みの「投影」して移しだしたものだ。
だから、
上の「ああ」という部分を、明確にすると、自分が見えてくる。
ようするに、
「あなたは、何をみているの?」
ということです。
この話もそのうちもっと説明していくのだけど、
こうやって物事を見ていくと、
自分がみているこの世界は、ほとんどは自分自身でしかない。
あの人はこう、自分はこう、こういうことはこう。と思っているのは、すべてあなた自身がそう見ているからに過ぎない。
そもそも自分自身はこうだ、
というのも自分の幻想にしか過ぎない。
だから、私たちは、
(自分がそう見える)外の現象や自分の思いを、ある意味で第3者的にみて、
今の自分はこうなんだ。
より正確には、今の自分となっている「流れ」はこうなんだ。
と客観的に判断するしかない。
もちろんこの「客観性」もまた、「主観」からは逃れられていないけど、
それはそれで良いのです。
重要なのは、
全てはあなたが思っている通りになっている、
と思うことです。
と突然いいはじめると、なんか「スピリチュアル」になってしまうので、
このへんで話をやめよう。
きちんと一つ一つ、心の現象を理解していかないと、それはただの「思い込み」になってしまうので。
また、そのうち書いていきますので、読んでいってください。
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