自分の娘ができてから、周りを見回してみて最近よく思うことがある。
それは、ほとんどの人が「子供とは何か」についてすごく間違っている、ということだ。
ほとんどの親が、子供を愛していて、精一杯努力しているのは分かる。
だから、これは、西洋科学が伝えてきた間違った「思い込み」なのだと思う。
子供は、自分が子供だったときのことを思い出してもらえればわかると思うが、
いつも大人と同じだけの判断能力を持ち、大人と同じだけの意識を持っている。
つまり大人と全く同じだ、ということだ。
でも、子供に足りないことがある。
それは過去に人が作り出したものへの知識
と、
物質世界への適合
だ。
子供が生まれる前に魂をもって存在していたかどうか。
それは僕には分からない。
たしかに前世の記憶をもってきた子供はたくさん存在していて、その記憶があっていることもたくさん確認されている。
また、お母さんの胎内にいるときにも、話の内容を理解していることも確認されてきている。
でも、それはまた今後ゆっくり研究されていく話だから、
今回は確実に目に見えるところの話をしよう。
私たちは、自分が中学生だったときも、今この時も、まるでずっと同じつもりでいる。
「精神年齢」という言葉があるが、人の意識は基本的に自分の年齢を認識してはいない。
これと全く同じで、子供も私たちと全く同じように普段生活している。
でも、大人は子供に対して「子供扱い」する。
これが子供の「人としての尊厳」を傷つけていく。
親にとってはいつまでたっても子供は子供、
そういう感覚は分かるだろうか?
子供は何歳になっても、親からみるといつまでも子供として見えてしまう。
この感覚が、小さい子供が親の行動をみているときもある。
でも、言葉をまだ十分に知らない、肉体が思うように動かないから、それを伝えることができない。
これを大人が理解していないと、
親は子供をさも「未熟」のように扱う。
でも、子供も「人として」は決して未熟ではない。
子供をさも「なにもできない存在」として扱うことで、子供はその力と可能性をどんどん削がれていく。
そう、「私は何もできない」「私のやっていることは間違っている」「私はひ弱な存在だ」と思いこまされていくのだ。
これはまさに悲劇というしかない。
このような目で子供を眺めてみると、子供がいかに人として「完成した」存在であることが見えてくる。
そうやってしっかりと子供を一人の大人として扱って欲しい。
「まったく何も知らない星にきて、肉体を与えられた存在」としてみてみるのも良いだろう。
そこから見えてくる子供の可能性と能力というのは、ほとんどの人が思っているものを遥かに超えている。
子供がこの世界に運んでくるものは「未来」だ。
私たちには絶対に理解できない「未来」。
大人の使命は、その「未来」の芽を摘んでしまわないこと。守ることだ。
決して「育てる」ことでも「教える」ことでも「躾る」ことでもないのだ。
これからたくさんの子供が、その「未来」を、この世界でどんどん花開かせてくれることを、強く望み、そして応援したいと思う。

それは、ほとんどの人が「子供とは何か」についてすごく間違っている、ということだ。
ほとんどの親が、子供を愛していて、精一杯努力しているのは分かる。
だから、これは、西洋科学が伝えてきた間違った「思い込み」なのだと思う。
子供は、自分が子供だったときのことを思い出してもらえればわかると思うが、
いつも大人と同じだけの判断能力を持ち、大人と同じだけの意識を持っている。
つまり大人と全く同じだ、ということだ。
でも、子供に足りないことがある。
それは過去に人が作り出したものへの知識
と、
物質世界への適合
だ。
子供が生まれる前に魂をもって存在していたかどうか。
それは僕には分からない。
たしかに前世の記憶をもってきた子供はたくさん存在していて、その記憶があっていることもたくさん確認されている。
また、お母さんの胎内にいるときにも、話の内容を理解していることも確認されてきている。
でも、それはまた今後ゆっくり研究されていく話だから、
今回は確実に目に見えるところの話をしよう。
私たちは、自分が中学生だったときも、今この時も、まるでずっと同じつもりでいる。
「精神年齢」という言葉があるが、人の意識は基本的に自分の年齢を認識してはいない。
これと全く同じで、子供も私たちと全く同じように普段生活している。
でも、大人は子供に対して「子供扱い」する。
これが子供の「人としての尊厳」を傷つけていく。
親にとってはいつまでたっても子供は子供、
そういう感覚は分かるだろうか?
子供は何歳になっても、親からみるといつまでも子供として見えてしまう。
この感覚が、小さい子供が親の行動をみているときもある。
でも、言葉をまだ十分に知らない、肉体が思うように動かないから、それを伝えることができない。
これを大人が理解していないと、
親は子供をさも「未熟」のように扱う。
でも、子供も「人として」は決して未熟ではない。
子供をさも「なにもできない存在」として扱うことで、子供はその力と可能性をどんどん削がれていく。
そう、「私は何もできない」「私のやっていることは間違っている」「私はひ弱な存在だ」と思いこまされていくのだ。
これはまさに悲劇というしかない。
このような目で子供を眺めてみると、子供がいかに人として「完成した」存在であることが見えてくる。
そうやってしっかりと子供を一人の大人として扱って欲しい。
「まったく何も知らない星にきて、肉体を与えられた存在」としてみてみるのも良いだろう。
そこから見えてくる子供の可能性と能力というのは、ほとんどの人が思っているものを遥かに超えている。
子供がこの世界に運んでくるものは「未来」だ。
私たちには絶対に理解できない「未来」。
大人の使命は、その「未来」の芽を摘んでしまわないこと。守ることだ。
決して「育てる」ことでも「教える」ことでも「躾る」ことでもないのだ。
これからたくさんの子供が、その「未来」を、この世界でどんどん花開かせてくれることを、強く望み、そして応援したいと思う。
