フォーカス10のセッションを一通り試し終えて翌日、フォーカス12について学ぶWAVE2を開封しました。ゲートウェイ・エクスペリエンスのCDケースの中に入っている小冊子に説明があるのですが、スレッショルドというサブタイトル自体意味側から買ったので辞書を使いながら読み進めましたが、正直読んでもよくわからないので最初だけ読んで、その後はまったく読まなくなりました。

でも、それほど問題はなくセッションができたのはロバート・モンロー氏の話す英語がとても聞き取りやすかったからだと思います。おそらく中学生程度の英語の知識とある程度聞き取る能力さえあれば、もしくは英語の学習をしたいければ現時点ではそれほど聞き取り能力がある人ならば英語版のほうがいいのではないかと思っています。

考えてみれば、実際に私たちがやりたいことができる人と、ただの雇われナレーターの声は明らかにせっとっ力に違いがあると思います。今でもワークショップや勉強会でこそ日本語のCDを使ってはいますが、自分がセッションをやるときは英語版を使っています。

ほかにも、英語版を使うとモンロー研究所の雰囲気が自宅でもよみがえるからかもしれません。理由としては。ゲートウェイを学ぶ人の中には自宅派の人もいますが、その人たちが決して味わえない感覚がよみがえるのです。

その空間は、モンロー氏が長年の研究を仲間とともに培った場所で、まさしく世界で一番天国に近い場所です。その価値は魂の価値がわかる人でなければわからないでしょう。。そういう人だけが語学の不安やプログラム参加費用、そしてアメリカまで出かける時間を超越することができると思います。

2日目はイントロダクション トゥ フォーカス12からはじめました。フォーカス10との違いがわかればいいような説明でしたが、意識を拡張するのは自力で党の昔からできていたのでそれほど興味深いという感じがしませんでした。でも、それは間違いだったのです。

セッションが始まってしばらくすると、肉体の感覚がどんどん薄れて、その逆にエネルギーの感覚が増加して、さらに脳の中でおきるといわれる聞こえない音、ヘミシンク音が感覚的に感じられたのです。それは脳内で起こるバイブレーションで、その感覚を自分の拡張した意識に伝えることでより深い感覚へと入り込めたのです。

その瞬間、目の前に不思議な光景が現れました。銀色の卵形カプセルの中に楕円形の空間があり、その中に銀色の全身タイツのような皮膚をしていて顔だけがキャメロン・ディアスに似た金髪で緑色の目の女性が唐突に現れたのです。

ナレーションはフォーカス10に戻るという支持でしたが、それを無視してしまうほど目の前に現れた不思議な存在に心を奪われてしまい、どう対応すべきかちょっと悩んでしまいました。

これが話に聞くガイドなのだろうか。まったく予想をしなかったガイドの登場に何の心の準備もなかったのでガイドにどう接していいのかわからず不意をつかれた感じでした。

とりあえず話し合えるのかと思って相手に「あなたはガイドですか」と質問をしてみました。そのとき自分の中のエネルギーが相手に向けて放出され、まるでエネルギーのEメールのようでした。おそらく私の質問した内容がエネルギーとなって相手に届いたのです。返事はすぐに来ました。内容は「そうです」というニュアンスのものでした。

実を言うとガイドがいるという確信がなかったのであまりに驚いてしまい、それ以上あまり交流するためのネタと言うか、話題がなくて相手をじっと見るだけで、そのセッションは終わり、通常の意識状態に戻る指示が来ました。

昼食の後、さらにゲートウェイWAVE1の学習を進めました。ヘミシンクを使えば毎回すごい経験ができるという期待があったのですが必ずしもそうではないということが4回のセッションでわかったのですが、それは自分が他の人と比べて劣っているのか、それともまだ使い方が分かっていないのでしょうか。


5回目のセッションはエナジーボディをコントロールするいくつかのテクニックで体外離脱の訓練のようでした。いくらやっても完全に肉体から離れている感じがしませんでしたが、肉体から離れて自分のエネルギーが体から伸びていく感じだけは感じられました。言葉にするのが難しいですが自分の周りを包むまったりした霧のようなものがまるで餅のように伸ばしたい方向に伸びていくかにです。


でも、完全に体外離脱という感覚ではなく肉体を起点としてあらゆる空間に自分が伸びているだけです。どうしてもお試しのテープで起きたような完全な体外離脱の感覚が忘れられません。あのすべてから自由になった超越した感覚を心の底から望んでいる自分にとって、うまくいかないのは少しいらいらさせられたのです。


残念ながら5回目のセッションは特にこれという体験もなく、眠りの探求もあまりよくわからなかったというのが正直な結果でした。


基本的に眠りまでの状態を観察するというのはとても難しく、それができれば苦労はないと思いました。眠りに落ちる瞬間が分かれば、その一歩手前でなんとか意識をつなぎとめておけば明晰夢の状態にも意識的に入れるといろいろな本に書いてありました。そのため何度も自分の眠る直前の状態を観察したのですが、観察しているとどうしても眠りに落ちることがなく無駄に睡眠時間を短縮してしまう結果となり、ほとんどあきらめていました。


次のセッションはフリーフローというもので、フォーカス10の状態、つまり意識がはっきりしているのに肉体が眠っている状態で好きなことをしていいというものでした。


しかし、好きなことをしてもいいといっても今まで学んだことを繰り返すぐらいしかやりようがなかったので、体外離脱の訓練をガイダンスが再び聞こえるまでの間、何度も繰り返しました。エネルギーの体を回転させるというのがいまいち感じが分からず、思わず自分の肉体を無意識にねじっていたらしく、気がついたときはちょっと笑えました。肉体を超えたエネルギーの体をコントロールしようとしているのに肉体を必死に動かしていたのですから。


でも、暗闇の中にかすかな光のようなものがたくさん見えて浮遊感が得られたのが成果といえば成果です。


ただ、このセッションを6回繰り返した日の夜に、不思議なことが起きました。眠っているとこに気が付いたら自分が部屋の外の階段に立っていたのです。肉体の感覚はないのですが自分が存在している感覚、そして夢とは違った感覚があり、それと同時に強い喜びを感じました。


周りの風景はほとんど肉眼で見ているのと同じ感じなのですが、微妙に歪んで見える感じで、それでいて逆に色彩感覚は鮮やかでした。とにかく外に出ようと思いました。自分が肉体無しで動くのはけっこう不思議な感触で風船のような感覚です。階段を降りていくと玄関のドアがあるのでそこはつきぬけました。家の前の道路に出ると、あちこちに見える街灯がとても美しく幻想的に見えます。


空を見るとやはり夜空で、人が誰もあるいていませんでした。建物や街路樹などは町並みはいつもの通りでした。せっかく体外離脱に成功したのだから今まで見たことがない何かを探そうと思いついたのですが、探し回っているうちに意識が遠のいて体に戻ってしまいました。


このことから、セッション中に何も起こらなくても、夜、寝ている間におこりえることが分かりました。

ゲートウェイの学習を始めたのはいいですが、一番の難しさはさまざまな現象が自分の意志というより偶発的なもので自分ではコントロールできないことでした。ヘミシンクの効果のおかげで様々な現象が起きるのはうれしいのですが、それがなぜ、どのようなプロセスで起きているのかわからないのが、まるで仕組みのわからない世界に放り出されたようなもどかしさがずっと付きまといました。


エネルギーの繭を作り出すというエクササイズは楽勝でした。これに関しては自分の思い通り簡単にできるのでいまさら学ぶ必要はなく、ただCDを聞いてその通りにしました。エネルギーのコントロールはある程度、空間的な動きならさほど難しくはないのですが、それでもエネルギーが自分の肉体を超えた空間を流れるようにするには、まだ意志の力を必要としていました。


光のビジョンが見えるわけではないですが、エネルギーの感覚が自分の頭から足の方へ流れて行き、そしてまた体を通って頭に流れていくとけっこう気分がよくなります。体の中心を流すとクンダリーニヨーガと同じような感覚を経験することが可能です。浮遊感というか、肉体ごと浮かんでいる感覚は体外離脱とはまた違った現象でしょう。


セッションを終えると軽い酩酊感があり、ちょっと体がふらつきましたが、トイレに行きたくもあり、一時セッションを中断して起き上がって用を足しに行きました。気持ちとしてはすぐにでも次のセッションに挑戦して、また体外離脱の経験を何度も繰り返してその実態を知り、何とか自分でそれを意のままにコントロールしたいという強い思いがありました。


死という現象を理解したいという根本的な動機があったのかもしれません。どうしてもライトボディを完全にコントロールできるようになり、モンロー氏が「向こう側」と呼ぶ世界とこの世界を行き来して世界の神秘をすべて解明したいという欲求です。


次のセッションはリリースとリチャージという恐怖を手放すものですが、最初は体外離脱に対する恐怖心を処理する方法を学ぶものと思っていました。体外離脱自体には全く恐怖心がないので、これはどうしようかと思ったのですが、心身ともにリラックスした状態ではまだ心の奥に何かあるかもしれないと考え直してCDの2つ目のトラックを頭出しして再びセッションを始めました。


ただ、心身ともに深いリラックスの状態になると普段感じる恐怖心などがあまり意識の上に浮かんでこないようでした。おそらくフォーカスするということは意識のある状態にすべてを集中してしまうため、他意識レベル、つまり恐怖を感じる意識レベルのにフォーカスできなかったのかもしれません。セッションをやっているうちは恐怖がある状態にフォーカスをするという考えが浮かばずに、時間だけが過ぎてしまった。


この経験から自分自身の意識も多次元的な構造で、どこにフォーカスするかで違った経験となることが分かりました。