最近はスピリチュアルという言葉がとても広まっていて、多くの人がスピリチュアルな本やパワースポット、そしてパワーストーンなどを求めています。実際に書店に行けばスピリチュアルとか風水などの本がたくさん並んでいますし、海外旅行でも世界の聖地に出かける人も多く、パワーストーンなどの見本市であるミネラルショーなども多くの人で賑わっています。



これほど多くの人がスピリチュアルなものに興味を持つのは、今がとても不安な時代で、人知を超えた力にすがりたいという気持ちの表れかもしれません。歴史を見ても、さまざまな国が生まれた時に国の機関として神官がおかれたこと、末法思想が広まった時、鎌倉仏教が広まった時、その他さまざまな時代の変革の時期に宗教的な運動が盛んに行われたことから見ても、今のこの世の中の状態はまた新たな時代の始まりと推測することが可能です。



しかし、時代は変わっています。宗教教義は地獄という概念で人々の恐怖、そして宗教的な儀式で人の畏怖を得てきましたが、現代において地獄よりも恐ろしい現実がいつ起こるかわからず、宗教儀式よりも壮大なロック・スターのステージが常に行われ、そして多くの人が情報を共有する今、他人の思考を宗教の教えで支配するのはとても難しくなっています。



気功は、その昔の中国の心身を鍛練する方法で、道教や仏教をベースとしていましたが、そのような宗教的な要素が取り除かれた純粋なトレーニングとして、とても効果的です。特にいいのが、宗教臭さが無くなり、学ぶ人を支配するような教義、特定の人物を崇拝する必要が無い上下関係も必要が無いことです。



これが現代の気功のいいところで、師匠に絶対服従ということが無く、秘伝を隠してなかなか教えてくれないということもなく、長い時間をかけてやっと一人前という状態になります。よほど変わった人を除いて、現代人でこのような苦行をやりたい人はほとんどいないでしょう。



これらのような伝統的なやり方にはそれなりの利点があったのかもしれませんが、私たち現代人はできるだけ簡単で効果的、そして短時間に気功をマスターしたいわけです。そんなことができるのかと、長年苦労して気功を学んできた人には疑うかもしれませんが、東洋の伝統的な修行体系をシステマチックに変えるだけで誰にでも簡単に気の力を人生に役立てることが可能となるのです。



それでは、まずこの本を読んで実際に自分で試してみてください。実際に直接学ぶよりは大変かもしれませんが、何か感じるものがあればあなたの新たな才能の糸口となるかもしれません。

今書いている原稿より



気の感覚はとてもありふれていて、それは別の言い方では心の感覚といってもいいかもしれません。おそらく、気という言葉に対して特別なイメージがある場合、「気という特別なものを自分がそう簡単に感じられるわけがない」という先入観があるためかえってわかりにくくしているのでしょう。同様に、気とは掌で感じるものだという考えも足を引っ張る場合があります。


気の感覚は、人の気持ちといっても差支えはありません。実際に、行ってみていい場所はいい木の出ているパワースポットである場合が多いし、自分が持って見て気分のいいパワーストーンは自分に合っていることが多いし、自分が一緒にいて気分がいい人はいい気を出している場合がほとんどです。


気とは、よほど鈍感な場合を除いて多くの人場日々感じているものなのです。ただ、それらを意識的に感じているのと、ただ無意識に感じているのでは天と地の差が出てきます。それは空気が存在していることに気がついてそれを有効に使うのと、空気の存在に気づかないでただ呼吸しているぐらいの違いです。


空気の存在に気づければ、それを使って音楽を奏でることから空気を使ってタイヤを作り、果ては宇宙旅行に必要な空気の確保もできるのです。それと同じで気というものは無意識に感じているのではなく、自分で意識的に感じて自分でコントロールして、使えるようにすることが肝心です。


気というものはありふれていて、それはまるで睫のように近すぎて逆に見えにくいものなのです。

昔のことですが、尿管結石ですごく痛い思いをしたことがあります。なったことが無い人にはちょっとわかりにくいと思いますが、あまりの痛さで吐き気がするという驚くべき経験をしました。


これは腎臓でできたカルシウムなどのミネラルの結晶が尿管を通って行く時に、とても強い痛みを伴うもので、その結晶となった石が体から排出されるまで続きます。その時は3週間ほどかけて石が出たのですが、その間にハンドヒーリングをやっているという3人に施術をしてもらったことがありました。


このハンドヒーリングは、修行不要で、しかも伝授されたらすぐに使えて、且つ、エネルギーの質は同じといわれているものです。しかし、実際に施術してもらうとその中の二人のエネルギーはとても冷たく感じました。


せっかくのご厚意で施術をしてもらっているのですが、できるだけ早く時間が過ぎてほしいというのがその時の気持でした。自分の中に自分より低い質の気を入れられてもあまりうれしいと思えないのは、誰でもそうだと思います。


その後、いろいろな人に話を聞くと、やはり「気の質は一緒」といわれるものの多くが、その実、全く違う質の気であると多くの人が教えてくれました。つまり、表示に実際とは違う効能が書いてあるようなものだったのです。


おそらく、気の質を見分けることができる人が少ないという前提で、そのようなうたい文句を書いたのでしょうが、気の質を見極めることができる人が増えればそれは簡単に見破られてしまうものです。


宝石でも古美術でも、目利きにかかればその価値はすぐに見破られてしまいます。ですから、気の質を見極めることができれば自分が気功の教室に通う時にどこで学べばいいかがわかる基準となるでしょう。もっとも、そこまで上達すれば普通の教室に通う必要はないと思いますが。


とにかく、消費者も自分が選ぶ責任があると思って、自分の時間と費用を費やす価値があるものを選ばなければなりません。選ぶ責任が自分に無いという無責任な人ほど「自分はだまされた」と大声で叫ぶ結果となります。


気の質を見極めるということを教える指導者も少ないですが、これはとても重要な秘訣なのでぜひマスターしてください。