私にとって七回目の辰年。

今日で一週間。

元旦能登半島大震災、

翌日は日航機と災害救援機海自の輸送機の地上衝突💥大炎上。

そして先程は田中角栄邸宅大炎上。

娘のたなかまちこ、訂正、田中真紀子の線香の不始末とか。

どうなっとるかわからん日本。

自民党派閥の裏金作り、田中角栄邸宅とともに大炎上。


北九州市の古い飲食街大火災🔥。

私にできる事はしなくちゃ

募金しに行かなくちゃ。

荒れる〜2024年辰年。

爺さんの龍の墨書、

12年前に作った龍の焼き物、

我が家の龍様よ、

穏やかにあれとお守りあれと

祈ってます。








熟柿の赤さよ命揺らめいて





診断を訊いて


帰宅した庭



柿色の見事さよ

色づく枯葉の美よ


秋祭り


この街で五十年

暮らした地区の

公園マルシェに初出店

魔女と犬のオートマタや油絵、陶器

展示台作りに苦労した

商品はバラバラ。でも好きな客はいるもんだ。決まって非売品を売ってくれという。

気を良くして数百円で売ってあげた。

楽しかったチョキ


十一月二日から

唐津くんち

飛び出すハート二十歳まで育った唐津

秋は祭りだ祭り





久方ぶりのブログです。

ひと月前「10年ぶり」に唐津の焼き物作家から電話がはいる。

私は陶芸を辞めて8年

彼はまだ現役で作家活動と唐津焼陶片研究会も続いている。


近々「山瀬窯陶片と小十窯陶片」の研究会をするから参加してみないか、との誘い。

懐かしさと焼き物の想いが忽ちに湧き上がり参加を快諾。


月曜日の朝8時の電車に乗り唐津駅に9時着。


迎えの車で20分会場の唐津市北波多公民館到着。

懐かしの北波多町、

唐津焼き発祥の地である。

心に唐津焼きの風が吹く

雅趣の感覚をが呼び戻される。

見知りの作家、若い女性作家、

著名な作家それぞれが熱心に

陶片を観察している。

陶片から何かを

吸収している光景はいいものだ。






約30名の若手作家で飯が食えているのは

18名とか。

主な販路は東京。皆頑張っている。

偉いなぁ。

山瀬窯も小十窯も1600年代に築窯。

それぞれ歴史とロマンがある。

更に風光明媚な末盧國


……故郷忘じがたき候……





朝の6時だが蒸し暑い。

ガラガラと玄関を開けてカラカラと下駄をならして庭に出て朝の空気を吸う。庭を見回すとミニトマトの間の空間に2匹の蜘蛛を発見した。糸は見えないわからない。近づくとワラワラと上下左右に足を這わせて動きまわる


🔴わたくしは1945年生まれである。

少年時代は蜘蛛とは昆虫的に良く遊んだ。

中学時代に芥川龍之介の「蜘蛛の糸」教わり高校時代まで蜘蛛の糸を仏教的観察に変えた。



現役時代はどうだったかな…忘れたけど。

現在はどうかというと、

蜘蛛がドローンに見える。

蜘蛛は電気を動力として数100キロも飛行するらしい。「ネットで調べて知りました」


🔴蜘蛛は糸で獲物を絡みとる。🕸️🕸️を張り

自由自在に動きまわり何百キロもの空間を移動する。

ドローンは蜘蛛のようだが人間の役に立っている。しかし蜘蛛は爆薬は持たない。

ドローンは爆薬も運ぶ。………芥川龍之介ならドローンをどんな風に表すだろうか。

🔴古代から人類は何かに祈る。

最終的には祈る。祈る事で事を済ませいる。現代もそうだろう。

しかし祈る事で戦争はなくならない事も分かっている。でも祈る、祈るしかない。

🔴祈りに代わるものは何かを単純に考えた。非常に期待する平和の仕組みがある。

A Iである。

🔴人類はA Iは人類の理想とする安穏な世界を作りだす可能性がある。

宗教は戦争を無くす事はない、寧ろ起こしまくっている。

ドローンも爆薬も使い方は人間次第。

宗教も然りと思う。

🔴宗教に悪いけど私の悟りとはA Iである。

A I🟰天上界🟰宇宙である。

A Iは宇宙的スピードで深化し新たな価値観や感情を創りだすようになる。

合理的に事象や物事や感情をコントロールする仕組みがわかる。

分からなければ人類は滅亡するか宇宙のさすらい人になるか。

🔴ここにハッとするバンクシーの絵がある。


バンクシーの2015年12月フランス郊外の都市カレーにある難民キャンプの壁に描かれた絵だ。

旧版のMacintoshを持ったアップルの創業者スティーブ・ジョブズはシリア移民の息子である。私的に言えばA Iの始祖。

掴んでいるパソコンはわたくしの憧れのモデルであったカラークラシック、

略してカラクラ。当時輸入品は無く香港まで行って買う日本人が多かった。35万はしたと思う。

🔴しかしそんな私も

そんなこんなを仏壇で祈る🙏

天国は何処に在りやと。

不幸の無い世界は幸せかと。

…、

😮‍💨アー長い話しを書いてしまいました。

何かを言いたくて、

久しぶりの胡蝶の夢的思考に浸ってみた。







ヤマブキ

 

 わたしの住む町に中公園コミュニティパーク花壇がある。

花壇は10ヶ所、毎月2回の花ボランティアで管理している。

花壇から少し離れた草むらにヤマブキが枝葉を伸ばしている。花はまだである。


30代で習っていた詩吟で、

「七重八重花はさけどもヤマブキの実の一つだに無きぞ悲しき」の和歌を思い出す。

作業中の花ボランティアの高齢者に紹介しても誰も知らない。

実の、と蓑が掛け言葉である。

ヤマブキは実が付かないらしい。

今回アメバから出された花言葉でヤマブキだったので書き出したがうまく書けません。

ズボラで申し訳ありませんが

何を詩っているのか詳しくはネットで検索して下さい。



 

 

 

 

 

前回のブログ「なかなかの出荷者」で紹介した野菜出荷者の方がダンボールに書いておられた名言について調べてみました。

🟢人生失敗がなければ人生失敗する。

この言葉は

斎藤茂太の名言でした。

斎藤茂吉の長男であり精神科の医者であり文筆家でありました。


なかなかの見知らぬ野菜出荷者に乾杯です。


そして

そして、

私が大事にしていた名言の

続きがある事もネットで紹介されてました。


むずかしいことをやさしく

作家の井上ひさし氏の言葉に、

『むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをゆかいに、ゆかいなことをまじめに書くこと』

というものがある。

最初これを知った時、表現を心がける時のいい言葉だなぁと感心し、


難しく優しく深く愉快な真面目な


の順番に大事なことだと理解して含蓄のある言葉だと思っていた。


ところが最近『夜中の電話』(集英社インターナショナル)という井上ひさしの娘さんの本を読んでいて


井上ひさしのこの言葉には続きがあることを知った。


それはこうだ。


『まじめなことをだらしなく、だらしないことをまっすぐに、まっすぐなことをひかえめに、


ひかえめなことをわくわくと、わくわくすることをさりげなく、さりげないことをはっきりと』


これを読むと「むずかしいことをやさしく」は後になるほど大事なことを言っていると言うような


簡単な解釈ではないことがわかってくる。


この続きの言葉はわかりづらい。


真面目なことだらしなくまっすぐそんな表現があるだろうか?


この本によれば、生前に井上ひさしの書斎の机の前には紐が吊ってあり、


その紐にいろんな言葉のメモがクリップでつけられていたらしい。


それは自戒の意味で、彼の創作への基本姿勢として生前ずっと吊られていたらしい。


著者である娘さんによれば、彼は物事には常に裏と表があり、その両方を網羅して物を見なくてはならない、と考えていたと言う。


でもえらく難しいことを言っている。


これはわかるような、わからないような。


でもその難しさは大事に感じる。


いつも人は物事を単純にしようとする。つまり難しいこと複雑なことよりも、シンプルに簡単に、が現代のモードだ。


「このスライド、すごくシンプルだね」という言葉は褒め言葉で、


コミュニケーションが重視される現在は「わかりやすいこと」は至上の価値だ。


このネット情報の波の中で、googleYahoo!AmazonのレコメンドもFacebook


自分に最適化した嗜好性に会った情報をお節介に与えてくれる。


ある種のわかりやすい咀嚼を持って。


そのテクノロジーのおかげで。


けれど、シンプルでわかりやすい世界では、僕たちの視野は狭まり、世界は「断片化」されている。


単純化された世界は見通しは良いが、単純で深みが無く、面白みがない。


『むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、


ふかいことをゆかいに、ゆかいなことをまじめに書くこと


まじめなことをだらしなく、だらしないことをまっすぐに、まっすぐなことをひかえめに、


控えめなことをわくわくと、わくわくすることをさりげなく、さりげないことをはっきりと』


よく意味はわからないけれど、思考を刺激して、何かわからないものを指し示してくれる、いい言葉だ。


以上、高井でした。

わたしの住む早良区に

農協直売所「じょうもんさん」。

野菜コンテナに添えてある文言があった。

私はこんなところのこんな場所でこんな言葉をこんなふうに書いてこんなふうに貼り付ける人物がどんな風貌であるかを想像するのが好きである😊



人生に

失敗がないと

人生を

失敗する。

なかなかな感じがします。

十一輪の牡丹咲く
Jアラートの鳴る朝




牡丹花は咲き定まりて静かなり
花の占めたる位置のたしかさ  
        木下利玄

以下拝借文
牡丹は存在感のある大きく美しい花。しかし、それらは、互いの存在を打ち消すことなく、それぞれが一番ふさわしいと思える位置に、花を開く。富貴草とも呼ばれる、その優雅な姿は、雨にも風にも動じないようだ。
以上拝借文

🟢牡丹にうっとり
花園に思いを浸し
中国宮廷の昔を重ねる

突然テレビからJアラート響く

こんなにも富貴な花が咲いているのに
ミサイルを発射する国にも咲いているのか

私達の日本国は🗾世界の中で
しっかりと立ち位置を知らしめてほしい。
国民である私もどうする、
風流風雅の朝に
現実と未来を考える。