この二、三日スマホで(ユーチュウブ)を見ながら家に閉じこもっていた

人類の経済活動が地球を破壊し尽くす時代の対話番組を観て著者の斉藤幸平を知った。左翼を標榜する気鋭の若手論者に興味と期待を持った。



この私が灼熱の中を自転車を駆って20分、モール街の本屋に行き本を買った。




人新世の黙示録
人類の経済的が地球を破壊しつくす時



人新世の『黙示録』 斉藤幸平
『人新世』『ひとしんせい』
人類の経済活動が地球を破壊し尽くす時代


衝撃的な言葉である‼️


今地球に住むケシ粒みたいな人類はそれぞれのケシ粒の将来を危ぶみはじめている。

スマホ(ユーチュウブ)を見てなかったなら買う事はなかっただろう。本屋で本を買う事は10年は無かった。支払いは初めてスマホのポイントで支払った。経済とはなるほどこう言う事かと知りました。


ネパールの土石流には言葉を失ってしまう。

永久凍土の山肌が崩れ落ちれ土石を流し去る動画には地球の気候破壊が本格的に始まるのではとさすがの私も考えたね。線状降水帯は怖いね。

政治も経済も異常な地球環境の崩壊から始まっているかのよう。



今夜読みながら寝ます。








盆の13日糸島市二丈にあるお墓参りを済ませ例の如く思い付きで長崎県鷹島町に向かう。息子、孫の三人。この鷹島は蒙古の軍船が多数沈没した海にある小さな島。橋が架かって町おこしが始まった。モンンゴル村を作ったがうまくいかなかったようで10数年閉園閉園していた。そして昨年再オープンした。

モンゴルの大草原を模した草原の丘は夏とはいえモンゴルの風が吹き渡ってる、群青の海風につつまれた草原の島にていにしえを弔う。

  海蒼く元寇船のいく隻ぞ。










昨日の夕べに

山付きの畑で採れた茄子を三本貰った。



長い見事ななりである。

一本を塩揉みにして朝餉の主役、

それとシラスの佃煮、麦茶。



孤食の極み。

夏また涼しの極みであろう。

蝉が鳴きだした。

一句捻りたいが

頭を使うので止め。





先程のブログに
⭕️AIからの回答です。
1. 歯科:時間と手間がかかる「職人技」
歯科治療は、1回の診察で医師や衛生士がつきっきりで手を動かします。
  • 技術料の分散:削る、型を取る、詰める、といった具体的な「処置」に対して細かく数十円〜数百円ずつの点数がつきます。
  • 時間のコスト:30分かけてじっくり治療しても、保険診療のルール上、時間に対して高額なボーナスがつくわけではありません。
  • 結論:患者側から見ると「こんなに時間をかけてもらったのに、数百円でいいの?」という高いコストパフォーマンスを感じやすくなります。
2. 内科:知識と判断を売る「効率重視」
内科の診察が「二言三言ですぐ終わる」と感じるのは、医師の頭の中で一瞬で診断が行われているからです。
  • 基本料金(初診料・再診料)がメイン:内科は「座って話を聞くこと(診察)」自体に基本料金が発生します。処置をしないため、長く座っていても短くても、国が決めた基本の診察代はほぼ同じです。
  • 回転率のビジネス:内科医は多くの患者を診る(回転率を上げる)ことで医院を維持する仕組みになっています。
  • 結論:患者側から見ると「一瞬しか話していないのに、歯科と同じくらいの診察代がかかるの?」と、少し割高に感じやすくなります。
まとめ:なぜ金額の差が生まれるのか
  • 歯科医は「つきっきりの作業時間」に対してお金を払っている感覚。

  • 内科医は「医師の専門知識と薬を処方してもらう権利」にお金を払っている感覚。

どちらも私たちが支払うのは数百円ですが、その中身が「職人の作業代」なのか「専門家の判断料」なのかという違いがあるため、体感としての安さや納得感に大きな差が生まれます。

あさ8時半の歯科医の待合室。

予約は9時。待ち時間にブログタイム。

差し歯がとれて三回目の通院。

いつも思う、感じるのは診療代の安さ。

30分の治療時間がかかっても

数百円代の支払いで済む。

月一回かかりつけの内科医は椅子に座って二言三言でハイ!の合図で終わり。

座ったらすぐに立つのが有名。

回転率最高。

たまにはもっと座っていたい時もあるが。

処方箋と診察代で500円くらい。

歯科医の30分の治療時間の金額とは大変な違い。

歯科医と内科医の医療費の安さの違いを
私は単純に簡単に納得してみたい。

AIに相談してみよう。

医療界陰謀論とかが好きな人の
話しを聞かされる時
私のような者にとって
AIへの相談が今のところは一番。

🧑‍⚕️

夏は暑いのがいい。

昔の夏は

青春時代のこんな日は

海水浴や川遊びだった。


今は思い出の中で

昭和時代の

夏を楽しむ。
2026年7月14日
室見川
夏の白雲
水滔々









昨年末から作り始めた工作がやっとピリオドを打てた。これはDX化、AI化がめちゃくちゃ進む世の中でもアナログ的手法は永遠不滅である事の物語である。

倉庫に眠っていたエルモ社のフイルム投影機。

会社員時代リクルートで会社紹介の際に使用していた物。40年以上前の話しである。

























分解して機械ユニット部位を選り分けて保存。

多数の精密パーツで組み立てられている。

何を作るか構想が定まらないままネジ切りしてはパーツを取り付けたり外したり。

その間ペーパークラフトに行きあたりC社のプリンターでマンタのクラフト展開図を入手する。

紙では無くブリキで作る事を始めた。

これがなかなか大変で幾度やめようと思った事か。執念でブリキの曲げ伸ばし、ネジ止めやアルミ線のリベットで、つぎはぎを繰り返し一応の完成とする。誠つぎはぎのマンタだ。

このマンタを分解部品のフライホィールに乗せるのである。

ブフライホィールを動かす仕組みは工夫して取り付けた。

ブリキマンタはホィールの回転で宙を舞う。何かを暗示するかのように静かに回転する。

一応仕組みは完成。次は飾り付けをどうするかだ。

これも難しい問題であった。

時は六月の月初め!、

ホームセンターで見つけた鋼棒を使ってタワー型にする案がヒラメイた。

これは神智であろう!⁉️


こうしてブリキマンタタワーが完成した。

マンタタワーは多様な複合タワーである。

以前に作った木性の子供人形と

五味太郎絵本で見つけて作ったイタズラカラスの木工品を乗せて変化が楽しめる。

老作家は言った。

なせばなる

なさぬは

人のなさぬなりけり



2年前の2024年5月27日にこのブログで(蟹とひきがえる)の話しを書いた。

2年経って2026年5月26日の今朝の庭先でポチャンと水音が聞こえた。これはあれだ、あの石臼のひきがえるだ、どれどれ…と覗きこむと居ましたね。ひきがえる君まってたよ〜待ってたよう、。ひきがえる君に話しておきたい事があるんだよ、実は、、、この石臼が終の住処としていた陶器製の蟹(私が作って叔父上に献上した蟹だ、そこから私の従兄弟に貰い受け、、、られて1週間後にカステラ付きで作者のもとに返されたて来たあの蟹が…隣りの住人に貰われて、、、庭の地べたに、、セメントで足先を固められ、、、ているんだ。

隣人が言うには…これで逃げださん、盗られん、と自画自賛している。複雑な気持ちになったよ。

まあそんな話しだよひきがえる君。

寂しかろうが許してくれ。

本題に戻らねば。

ひきがえるの右後ろ足の話しだった。

動画で見ると右手の指先、後ろ右足先が柄杓の縁を踏み直す瞬間が何とも言えない。

哀しくて…面白いのだ。

ひきがえる君、あなたはやはり井の中の蛙だ。

癒してくれるな〜。

、、。、ところで、2年前のひきがえる君だろうか?




午前中詩吟のレッスン。15名参加。五月開催の県大会コンクール指定吟の練習。

鏡🪞のある練習室でマイクの前で歌う姿勢を客観的に見てみる。


毎回指摘されるのがアクセント。

アクセントに厳しい審査員がいるそうで

減点をバリバリ出すとの事。

習い始めの頃は結構抵抗感があったが

最近は無くなってきた。

嫌だったアクセントに従順に従っている。

だが上手くいかないのだ。

やけっ腹?で腹がすいた。

三年ぶりに天ぷら屋に行く

いつもの事だが30人は待っている。

ここのイカ🦑の塩辛が食べたい!!

以外と早く回ってきた。

ご飯と味噌汁、イカの塩辛が来た来た。


ご飯に塩辛のせてさあ食べるぜ!!



暖かい朝です。
昨夜ふと思いついた美術館に向かう。
桜は三分咲き。日曜日だ。
多勢の家族連れやインバウンドで美術館は賑わっている。



市美展を初め最新アートなどなど工夫されたブースをゆっくりと観てまわる。



筑前琵琶の発表会も開催されていた。
数人見かけた和装の婦女子は筑前琵琶の一門だろう。福岡市の伝統芸能に指定されている。琵琶を聴くのも50年ぶり。若い子が頑張っている。
いいね‼️
いつものとおり最後に常設館に寄る。
来場者が盛んに携帯で撮っている?
撮影OKになってるんだ。
いつから撮影許可になったんだろう?
美術館で撮影なんて思った事は一度もない。
これは大変良い事だ‼️
入り口に戻り仁王像を撮る。
ライティングもバッチリだ。
土門拳になった気分で気合いを発してスマホのシャッターを切る。
『切る^』懐かしいね。
しかし土門拳にも勝る?かと思う写りだ。
誰でも簡単に写せる。
誰でも良い写真が撮れる。
フイルム時代とは次元が違う。いいね‼️


金剛力士は仏と寺を守護する役割を持っており、寺の門に安置されることが多い。向かって右の、大きく口を開け外へと気を発散するような阿形と向かって左の口を閉じて内側へ力を込めるような吽形とが対をなしている。阿形は、像内の墨書から正平22年(1367)の制作と分かる。解説文より。


筑前琵琶の婦女子も撮ってる👌いいね‼️