『関落陰(かんらくいん)』とは、中国に古くから伝わる道教の秘法で、
『この世』の人間を、通常の顕在意識をそっくりそのまま保たせたまま、
いわゆる『あの世』(神霊界)に送り込むという秘術です。
お札やら、呪文やらややこしい用意が色々いるようですが起源はチベット密教だと思われます。
中国では、この術は主に個人々々の運気の修正のために行われるのだそうです。
人間は、誰しも、『あの世』(神霊界)に自分の家(『魂の家』)や、自分自身を象徴する樹木や花(『生命の樹』『生命の花』)を持っています。
いわゆる『この世』、実生活上のトラブル、病気、幸運・不運などは、実はそっくりそのまま
『あの世』の『魂の家』や『生命の樹・花』に反映されていて、
『関落陰』の秘術をマスターした導師の導きにより当事者本人が自ら神霊界に参入し、
『魂の家』や『生命の樹・花』の問題点を修復することで、
運気や運命を好転させるというのが本来の目的のようです。
要するに、体外離脱の出来る術者にF21にある自分を象徴する家に連れて行って貰ってまずい所は、
あっちの世界で修正してくるって法術なんですが。
ここでも、家に入る所に「門番」がいて「門番」に知りたい事をリクエストすると色々教えてくれるそうです。
文化や時代は違いますが、必ず「ガイド」が登場してます。
実は、こういった資料から帰納法的に何かあるんじゃないの?
と、思ったのがヘミシンクに興味を持ったキッカケにです。
夢で啓示を得た話は、数多くありますが真偽を確かめようがありません。
現実かなぁと思える話をひとつ。
ペンシルバニア大学の著名なアッシリア学者ヘルマン・ヒルプレヒトは『古代バビロニアの碑文』という本を書いていました。
原稿はほとんどできあがっていましたが、2個のメノウの小片と、その上に刻まれた碑文の解説部分だけが白紙のままでした。
バビロニアの古都ニッバーのベル神殿で発見されたそのメノウ片は、どうやら指輪のようでした。けれども、破損が激しく、碑文も不完全なため、どうしても解読できなかったのです。
原稿を渡す約束の日がいよいよ明日に迫り、どうしてもその日のうちに解読してしまわなければならないという夜、博士は仕事中、ついうたた寝をしてしまいました。そして夢を見たのです。
夢の中で、博士は背の高い痩せ形の古代バビロン僧と出合いました。彼の導きで暑い砂塵の吹き荒れる通りを過ぎ、ときおり荒れ果てた無人の大きな建造物のそばを通って行き着いたところは、ひときわ大きな建造物の前でした。
「いったいここはどこですか」…博士が開くと、僧は「ティグリスとユーフラティスの間にあるニッバーの、神々の父なるベルの神殿です」と答えました。そして、宝物室のありかをたずねる博士を、ある小部屋に連れていったのです。
小部屋にはどつしりした木製の書棚があり、メノウの破片が入っていました。
それを見ている博士の横で、バビロン僧はこう語り出しました。
「あなたが持っている2片のメノウは、もともとは1つのもので、クリガルス王祈願文を彫って神殿に納めたメノウの円筒の一部なのです。
後にニニブの神の像に捧げるイヤリングを作るよう命じられましたが、あいにくこのベル神殿にはメノウはこの円筒しかなかったため、僧侶はそれを3分割しました。
それで祈願文も3つに分かれたのです」
博士がもとの祈願文を教えてくれと頼むと、僧はほこりだらけの壁に、指でシユメール文字を書きました。
「ベルの息子にしてわれらが主なるニニブの神に、ベル神殿の僧正クリガルス、これを捧ぐ」
その文字を見たと思った瞬間、博士はフィラデルフィアの自宅書斎に戻っていました。
そしてそのかたわらには、あのバビロン憎が立っており、博士の机の上には「ネブカデネザル」と書かれた紙片がのっていました。
ネプカデネザルという語は、従来、2人の著名なエジプト学者によって「ネボよ、石工としてのわが仕事を護りたまえ」と訳されていました。
しかしバビロン僧は、その翻訳の間違いを指摘し、「ほんとうの意味は、ネボよ、わが国境を護りたまえだ」と教えると、姿を消しました。
夢はこれで終わり、博士は謎を解くことができたのです。
「ヒルプレヒト博士の夢の中にあらわれた僧侶は、所在の分からなかった宝物室のありかを教え、二つのメノウの破片は一つのものであることを示し、『ネブカデネザル』という語の正しい解釈も教えた。これらのものは、いずれも今日学者たちによって認められているものである」
まぁ、解釈としては右脳・左脳の働きでも解釈できますが夢見の記述の多くには「ガイド」らし
き人物の登場が伴いますのであながち「夢」とも言い切れないかなぁと思います
現実かなぁと思える話をひとつ。
ペンシルバニア大学の著名なアッシリア学者ヘルマン・ヒルプレヒトは『古代バビロニアの碑文』という本を書いていました。
原稿はほとんどできあがっていましたが、2個のメノウの小片と、その上に刻まれた碑文の解説部分だけが白紙のままでした。
バビロニアの古都ニッバーのベル神殿で発見されたそのメノウ片は、どうやら指輪のようでした。けれども、破損が激しく、碑文も不完全なため、どうしても解読できなかったのです。
原稿を渡す約束の日がいよいよ明日に迫り、どうしてもその日のうちに解読してしまわなければならないという夜、博士は仕事中、ついうたた寝をしてしまいました。そして夢を見たのです。
夢の中で、博士は背の高い痩せ形の古代バビロン僧と出合いました。彼の導きで暑い砂塵の吹き荒れる通りを過ぎ、ときおり荒れ果てた無人の大きな建造物のそばを通って行き着いたところは、ひときわ大きな建造物の前でした。
「いったいここはどこですか」…博士が開くと、僧は「ティグリスとユーフラティスの間にあるニッバーの、神々の父なるベルの神殿です」と答えました。そして、宝物室のありかをたずねる博士を、ある小部屋に連れていったのです。
小部屋にはどつしりした木製の書棚があり、メノウの破片が入っていました。
それを見ている博士の横で、バビロン僧はこう語り出しました。
「あなたが持っている2片のメノウは、もともとは1つのもので、クリガルス王祈願文を彫って神殿に納めたメノウの円筒の一部なのです。
後にニニブの神の像に捧げるイヤリングを作るよう命じられましたが、あいにくこのベル神殿にはメノウはこの円筒しかなかったため、僧侶はそれを3分割しました。
それで祈願文も3つに分かれたのです」
博士がもとの祈願文を教えてくれと頼むと、僧はほこりだらけの壁に、指でシユメール文字を書きました。
「ベルの息子にしてわれらが主なるニニブの神に、ベル神殿の僧正クリガルス、これを捧ぐ」
その文字を見たと思った瞬間、博士はフィラデルフィアの自宅書斎に戻っていました。
そしてそのかたわらには、あのバビロン憎が立っており、博士の机の上には「ネブカデネザル」と書かれた紙片がのっていました。
ネプカデネザルという語は、従来、2人の著名なエジプト学者によって「ネボよ、石工としてのわが仕事を護りたまえ」と訳されていました。
しかしバビロン僧は、その翻訳の間違いを指摘し、「ほんとうの意味は、ネボよ、わが国境を護りたまえだ」と教えると、姿を消しました。
夢はこれで終わり、博士は謎を解くことができたのです。
「ヒルプレヒト博士の夢の中にあらわれた僧侶は、所在の分からなかった宝物室のありかを教え、二つのメノウの破片は一つのものであることを示し、『ネブカデネザル』という語の正しい解釈も教えた。これらのものは、いずれも今日学者たちによって認められているものである」
まぁ、解釈としては右脳・左脳の働きでも解釈できますが夢見の記述の多くには「ガイド」らし
き人物の登場が伴いますのであながち「夢」とも言い切れないかなぁと思います

明恵。
鎌倉時代初期の「華厳宗」の僧侶。
彼の上人の最も特筆すべき点は、19才から60才で没するまでの膨大な夢の記録である。
その記録は「夢記」(ゆめのき)として、半数以上が現存しています。
明恵曰く。
「現実は泡沫の夢と同じと言うなら、その夢から覚める事だ」
こういった発言は、当時の仏教僧侶としては非常に珍しいものです。
明恵上人は、この覚めた目で夢と現実の世界を見ていたようです。
明恵上人の記録には、こんな話があります。
仏典についての勉強をしていた時、不明な点があり師に尋ねるも師も
答えられない。
その夜、夢の中にインドの僧が現れ不明な点を解説してくれたと言うもの。
これって、ガイドさんとの邂逅の事じゃないですかね?
明恵上人は、夢をただ見るに留めず。
日常生活の規範として見ていたようです。
日常の意識より、夢に現れる映像やその意味により上位の価値を置いていました。
ヘミシンカーは、こうあるべきとの模範の様な人物ですねぇ。
「夢記」には、夢の中で「色究竟天(しきくきょうてん)」を越えたなんて記述もありまが
これなんかF42以上に到った体験と酷似してます。
*三界は上から無色界・色界・欲界の3つの世界があるが、色究竟天はその中の色界の最上位に位置する。「色」とは形体・物質のことで、色界は欲望から離れて清らかな物質や肉体が存在する世界であるが、この天より上は肉体や物質が存在しない無色界になり、形体を有する天処の究る場所であるから、色究竟天と呼ばれる。
感想、どんな時代にも凄い人っているもんですねぇ。
明恵上人が、ヘミシンクを知ったらどう思うでしょうか?
ん!
「明恵の魂は、現在ヘミシンクの普及活動をしている人物に転生しているよ」
と、サリウさんが言ってます。
事の真偽はともかく、夢があっていい話しですね
鎌倉時代初期の「華厳宗」の僧侶。
彼の上人の最も特筆すべき点は、19才から60才で没するまでの膨大な夢の記録である。
その記録は「夢記」(ゆめのき)として、半数以上が現存しています。
明恵曰く。
「現実は泡沫の夢と同じと言うなら、その夢から覚める事だ」
こういった発言は、当時の仏教僧侶としては非常に珍しいものです。
明恵上人は、この覚めた目で夢と現実の世界を見ていたようです。
明恵上人の記録には、こんな話があります。
仏典についての勉強をしていた時、不明な点があり師に尋ねるも師も
答えられない。
その夜、夢の中にインドの僧が現れ不明な点を解説してくれたと言うもの。
これって、ガイドさんとの邂逅の事じゃないですかね?
明恵上人は、夢をただ見るに留めず。
日常生活の規範として見ていたようです。
日常の意識より、夢に現れる映像やその意味により上位の価値を置いていました。
ヘミシンカーは、こうあるべきとの模範の様な人物ですねぇ。
「夢記」には、夢の中で「色究竟天(しきくきょうてん)」を越えたなんて記述もありまが
これなんかF42以上に到った体験と酷似してます。
*三界は上から無色界・色界・欲界の3つの世界があるが、色究竟天はその中の色界の最上位に位置する。「色」とは形体・物質のことで、色界は欲望から離れて清らかな物質や肉体が存在する世界であるが、この天より上は肉体や物質が存在しない無色界になり、形体を有する天処の究る場所であるから、色究竟天と呼ばれる。
感想、どんな時代にも凄い人っているもんですねぇ。
明恵上人が、ヘミシンクを知ったらどう思うでしょうか?
ん!
「明恵の魂は、現在ヘミシンクの普及活動をしている人物に転生しているよ」
と、サリウさんが言ってます。
事の真偽はともかく、夢があっていい話しですね
