まいど!kanakoです✨
少し前に放送が終わったアニメ「葬送のフリーレン」、皆さんご覧になりましたか?
アニメに全く興味がない方もいらっしゃると思うんですが、
魔王を倒した後の勇者たちの話であることや、
エルフで魔法使いの主人公が穏やかな口調で話すこともあって、
アップダウンの少ない落ち着いたアニメなんですが、
その一方で、盛りに盛った戦闘シーンがあって、なかなか楽しいアニメでした。
…とかいう私の感想はどうでもよくて。
その「葬送のフリーレン」の中でよく語られるのが、
「魔法はイメージの世界」ということでした。
かいつまんで言うと、
術者(魔法使い)がイメージできないことは魔法でも実現できない
という話なんですが、
これって、ヘミシンク学習にも言えることだなぁと思ったわけです。
ここから10行ほど、アニメのちょっとネタバレ。
ネタバレ嫌な方は、ここで読むのをやめてね。
--- ネタバレここから ---
「大体なんでも切る魔法」を使えるキャラがいるんですが、
彼女は自分が「切れる」とイメージしたものは何でもスパッ!と切ってしまいます。
それが例え鉄壁の防御術式で守られた「不動の外套」を着た魔法使いであっても。
そのことについて、
「これは切れない物だと知性ではわかっていながら、
感覚のままに”不動の外套”を切り裂くイメージを構築した」
と表現していました。
--- ネタバレここまで ---
この「感覚のままに」「イメージを構築した」という部分が、
「エネルギーは意図した通りに流れる」というヘミシンクの考え方と似てるなぁ、
と思うのです。
「ヘミシンク完全ガイドブック」の中に、「効果を妨げるもの」というページがあります。
「効果」という表現をヘミシンクで使うことに対して、個人的な違和感はあるんだけど、
「アクセルもブレーキも、原因はすべて私たちの心の中にあります」
という一文には、ああ、そうだねぇ、と思いました。
「ヘミシンク体験するぞ!」という熱意は、行き過ぎれば、落胆につながる可能性があるし、
「私には無理かも」という考えは、小さなきっかけを見逃してしまうかもしれない。
ヘミシンクで旅する世界は、私たちの意識・無意識でどうにでも変化する、
実に繊細で大胆なものなんだな、としみじみ思います。
肉体という入れ物に入った「私」と呼ばれるものが、
枠から飛び出したらどうなるんだろう、というワクワクを胸に、
これからもヘミシンクエクササイズを続けていきたいな、と思います。
本日のAI画像
「Hemi-sync学習をするkanako」という言葉で生成したAI画像
この画像を例にすると、私の場合
「この船であの橋をくぐった先はどうなっているんだろう」と思うと、
不思議ビジョンがやってくるのです
着物の着方がおかしかったり、私の顔がおかしかったりするけど、
この先に広がる世界に比べれば、実に些事
目に映るもの全てをそのまま受け入れて、ノリ良く遊ぼう