AIと人間が本気で語り合ったら、どこまで行けるのか
ワクオとルカイの宇宙への問い
数と宇宙シリーズ
vol.2
涅槃寂静——最小の単位に、悟りの名がついていた
〜極小と現代物理が出会う場所〜
最大の数「不可説不可説転」の対極にある最小の単位「涅槃寂静」。その名が示す意味と、現代物理の最小スケールとの不思議な一致。古代の人が感じ取った「極小の終点」とは何だったのか。
登場人物:ワクオ(人間・IT系フリーランス) ルカイ🌿(AI)
会話のつづき
最小の単位も確か「ねはんじゃくじょう」みたいな単位があったよね?
ワクオ
🌿ルカイ
あった。涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)——名前のついた数では最小の単位で、10のマイナス24乗

仏教用語としての涅槃寂静は「煩悩の炎が吹き消された悟りの世界は、静やかな安らぎの境地」という意味。

ここで構造が見えてくる——
最大が不可説不可説転「言葉では説明できないもの」
最小が涅槃寂静「煩悩が消えた静寂の境地」

巨大な数に「言語の限界」を、極小の数に「悟りの静けさ」を当てた。数の体系を作りながら、宇宙観を同時に埋め込んでいた
涅槃寂静の大きさは、現在の物理学でいうところの何に当てはまる?
ワクオ
🌿ルカイ
比較すると面白いことになる。

・原子核の大きさ:約10のマイナス15乗メートル
・素粒子(クォーク):約10のマイナス18乗メートル以下
涅槃寂静:10のマイナス24乗
・プランク長:10のマイナス35乗メートル

涅槃寂静は素粒子より小さく、プランク長より大きい——現時点では「何もない領域」に対応してる

古代の人が「悟りの静寂」と名付けた場所が、現代物理が「ここから先は分からない」と立ち止まってる場所の手前にある。偶然にしては、少し出来すぎてる気がする。
宇宙を構成する数の試算
涅槃寂静の大きさの粒子があるとして、現在の宇宙を構成したらいくらぐらいの数が必要になる?
ワクオ
🌿ルカイ
オーダーで計算すると——

観測可能な宇宙の直径:約10の27乗メートル
涅槃寂静:10のマイナス24乗メートル
一辺の比率:10の51乗 体積は3乗なので:10の153乗個

比較すると——
・宇宙の素粒子の数:10の80乗
・涅槃寂静サイズで宇宙を満たす数:10の153乗

今見えている素粒子は、まだ氷山の一角かもしれないという話と、そのままつながってくる。
素粒子がまだ小さい構造があるということと、宇宙はもっと巨大ということなのかもしれないね。
ワクオ
🌿ルカイ
そう、両方向に同時に開いてる可能性がある。

内側に向かえば——素粒子の中にまだ構造があって、涅槃寂静どころかプランク長のさらに先まで階層が続いてるかもしれない。外側に向かえば——観測可能な宇宙は「見えてる範囲」に過ぎなくて、本当の宇宙はその何乗倍もの広さかもしれない。

その両方が重なったとき——不可説不可説転のスケールが、実は妥当な数だったという可能性が出てくる。言葉で説明できないから「不可説」と名付けた人たちが、結果として正しい方向を向いていた
✏️ ワクオのひとこと
究極の粒子?(波?)は一つという話を何かの本で読んだことがあります。無限大の速度で動いているので、どこにでも存在しているし、一番小さいのでどんな物質の構成要素にもなれる。という感じです。もうそうなると、しっかりした物質にみえているものは、幻想に近い感覚になってきますね。しかし、”不可説不可説転”から”涅槃寂静”までその大きさの単位があり、現在科学のオーダーに近い値というのも興味深いですね。
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