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さるうさぎのブログ

原発・放射能はもとより、環境に悪いものから子供たちを守るには・・・?!

最近読者登録をさせていただいたマーガレットさん のブログを読んで、前回わたしはとんでもない誤解の元に下書きまくっていたかがわかり、恥じてます。

わたしは放射能被害を数年、十年、数十年後のこととみていました。また、焦点は主に子どもや若い人にあり、40歳以上はどちらかというと二の次と考えていました。
でも、大人の方でも、既に今、多くの放射能による被害が出ていて、今苦しんでいる人がいるのですね。
考えてみれば当然で、体は人によって違うのですから、十派一からげにしてはいけないのです。
私の書いたものをもし病気で苦しんでいる方が読んだとしたら、さぞ傷ついたことと思います。
反省、大反省です。

でも、そういう話、ニュースメディアでは流れていないですよね?
「福島原発事故後、関東・東北で疾患をもつ人の数が急増した」というようなニュース。

参考までに調べたら、日経メディカルにひとつこんな記事が。
東日本大震災後に心不全が有意に増加、ACS、脳卒中も

しかも、
特に心不全の増加は、過去の大震災疫学調査では報告例がなく、東日本大震災の特徴の1つであることも浮かび上がった。
だそうです。
ただ、放射能とは全く関連付けておらず、ストレスが原因と締めくくっています。

放射能と関連付けるには、かなりの数の人が目に見えてばたばたと倒れるくらいにならなければいけないんでしょうね。
それじゃおそすぎます。
ぶるぶる。

衝撃の専門書「川魚の放射能はなくならない」

2012年10月11日掲載のこのゲンダイネットの記事を読みました。消されるとみなさん、なんのことか分からないと思うので、はっつけておきます。

「時間がたてば解決」は大きな誤解

 福島原発の事故から1年半がたち、放射能汚染への警戒心が薄れているが、そんな中、ショックな本が出た。国会事故調で参考人になった東京海洋大名誉教授、水口憲哉氏が書いた「淡水魚の放射能」(フライの雑誌社)である。
 これまで野菜や海水魚、海藻などへの汚染は何度も話題になり、報道も多かった。
 しかし、アユなどに代表される川魚の汚染について、きちんと書かれたものはなかった。水口氏の著書はまさに、そこに注目、言及しているのだが、恐ろしいことが書かれている。
 例えば、アユ。2011年5~10月の観測では、福島県内の真野川や伊達市内の阿武隈川で獲れたアユから1000ベクレル/キロを超える計測値が出たと いう。これは事故直後だから、しょうがないとして、いわき市の夏井川では2011年5月末に380ベクレル、8月には18.5ベクレル。急減したのに、9 月には再び119ベクレルに増えた。
 今年はどうか。5~7月の計測では、伊達市の阿武隈川では170ベクレル、福島市の阿武隈川でも170ベクレルのアユがいた。
 アユは年魚で、事故時に生きていた魚はとっくに死んでいる。それなのに、相変わらず、セシウムが出てくるのだ。底質にセシウムがへばりついているからで ある。環境省による今年1月の調査では真野川の底質から588ベクレル/キロのセシウムが出た。飯舘村のダム湖、はやま湖は3万9000ベクレルである。
「セシウムというのは粘っこいんです。だから、川の水で流されるわけではない。小さい穴、くぼみ、藻類、水生昆虫などにへばりつくんです。これらは表面積にすると、驚くほど大きくなる。それをエサにして食べる魚は放射能まみれになってしまう。多くの人は時間がたてば、放射性物質は減ると思っている。半減期が過ぎれば減りますが、それまでは減りません。放射性物質を食べた魚が死ねば、そこに放射性物質は残る。それをまた別の魚が食べるんです」
 こう言う水口氏は山に降り注いだ放射能も同じだと語った。
「木の葉っぱに放射能が付着している。その葉が落ちて、腐葉土になる。木は根から再び放射能を吸う。山からも放射性物質はなくなりません。はげ山にして除染するしかないが、そんなことは不可能でしょう。家の周辺だけ除染するしかない。我々は放射能が減らないことを認識しながら生きていかなければいけません」
 自然はもう戻ってこないのだ。

さるうさぎはこれ読んで、「え、なにが衝撃なの?」と思った。
だって、311から1年半以上たった今では、
セシウムの半減期が30年とかって、もはや知れ渡っていることで、みなさんわかっていること、だから、放射性物質はそう簡単にはなくならないってこと、常識に入っていると思ってたから。フクシマ以前でも、チェルノブイリやヒロシマで、「放射能はひとたび撒き散らされれば当分なくならず、子々孫々まで害をおよぼすこわいもの」っていう世界の共通認識が、おぼろげながらにでもあったのでは?

でも、そうでもないのかもな~って思い出したことがある。
先々週末、旦那の一族で一番のお金持ちのおばさん+おじさんを囲んでの集まりがあった。スイスとかに別荘もっちゃっているっていうカップルだ。
そこにわたしがいると、どうしても話題は「日本」になる。自然フクシマの話なんかも出て、「ご両親はだいじょうぶ?」と質問されたのに、わたしは、「ええ、まあ心配してないですよ。もう70超えていますしね」などと返事したら、そのおじさん、むっとして「僕も70超えているんだけど」といわれた。一瞬、なんでむっとされたのかわからないさるうさぎよりも早く、義弟が割ってはいって、放射能はすぐに害を及ぼすものではなく、数十年先に子どもや孫にでるものなんだと解説してくれた。
そこでやっと、「ああ、みんなが知っているわけじゃないんだな」と気づいた。

放射能おたくみたいになっちゃっていると、普通の人の目線でみるのを忘れちゃう。それはいけないな、ちゃんと説明を加えて話さなければ、誤解を招いてしまう、と反省した次第でした。
そうしないと、せっかく興味をもって質問している人の気持ちを削いでしまいますものね。気をつけねば。



毎日新聞がようやく放射能被害を直視し始めた(上杉 隆)

http://news-log.jp/archives/4332


この記事を読んで、あの日本のなんともいえない、だれもあのことについてしゃべらない空気の実態が少しわかったような気がしました。ぜひみなさんも読んでみてください。

政府も、行政も、東電も、そしてメディアもまともに動こうとしなかった理由について、


前例踏襲主義とそうあってほしくないという根拠のない願望が彼らの行動を縛ったのだ。


としています。

そうであってほしくない。

そんなこと、なかったことにしたい。

そんなことはなかったのだ。

そんなことはうそだ。

そんなことはデマだ。


その気持ちはよくわかります。

娘を死産したとき、まさにそんな心境でした。

そんなことはなかったことにしたい。


まさにショック状態、機能停止状態、現実逃避です。


個人がそういう状態に陥っても社会にはほとんど害をおよぼしません。

でも社会は個人でなりたっていて、その個人みながそんな状態になっていた。

もしかしたら今でもまだショックから冷めていないのかもしれない。


さらに始末が悪いのは、人間は一度主張してしまうと、「まちがっていました、ごめんなさい」と言う人よりも、そのうそを隠して自分の体裁を守ることに力を注ぐ人の方が多いという現状。まさに


・・・、「王様は裸だ」と言ってしまった人物に対しては、徹底的に信頼を貶める作業に必死になるだろう。なぜなら彼ら彼女たちのつまらないメンツを守るにはそうするしかないからだ。


という心理から、メディアはああいう行動をとったのですね。

この心理は教育のあるなしに関係なく生じるようです。


東野圭吾ドラマなんかみていると、それがよくわかります。


だから、「政府が言っているから」「テレビが言っているから」だいじょうぶ、なんて、いかに根拠のない事かがわかります。


あの人が言っているから、とか、判断を人任せにしてはやっぱりいけないのです。


さらに人のいうことを聞かないロンリーウルフになっていくさるうさぎでした。