「原子力リスクの分析を技術者だけに任せてはいけない」と判断したドイツ人 (中) | さるうさぎのブログ

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原発・放射能はもとより、環境に悪いものから子供たちを守るには・・・?!

原子力に関する「倫理委員会」の設置、日本でもぜひやるべきです。
技術の進歩が道徳や倫理に触れないかどうかを問うために。

ドイツをここまで動かしたのは、チェルノブイリにならいざしらず、日本ほどの先進国が、レベル7の原発事故を起こしたからですって。日本の技術を信じていたからこそですね。
技術で制御不可能な事故を、さらに技術者にさらにやらせるのではなく、社会学的に捕らえること。新しい発想です。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20110824/222245/

社会学者や哲学者が原子力に終止符を打った


メルケル政権は、「2022年末までに原子力発電所を全廃する」と決断するにあたって、次の2つの委員会に意見を求めた。

・原子炉安全委員会(RSK)

 

・安全なエネルギー供給に関する倫理委員会

 

 前回の当コラム で は、RSKが 鑑定書の中に「ドイツの原発には安全性に問題があるので、直ちに止めるべきだ」とは一行も書かなかったことをお伝えした。むしろRSKは 「ドイツの原発は、航空機の墜落を除けば、比較的高い耐久性を持っている」と主張し、「福島の事故で得られた知見に照らすと、ドイツの原発では停電と洪水 について、福島第一原発よりも高い安全措置が講じられている」と評価したのである。

 

 日本の読者の皆さんの中には、「原子力のプロである技術者が原発の停止を勧告していないのに、なぜドイツ政府は脱原発に踏み切ったのだろう」と不思議に思われる方が多いかもしれない。

 

 ドイツでも、RSKが、原発の危険性を指摘することを予想していた人は、この鑑定書を読んで失望した。緑の党や環境団体は、RSKの鑑定書の内容を「甘 すぎる」と批判した。原子力に批判的なレットゲン環境大臣(キリスト教民主同盟・CDU)も、記者会見で「あわてて原発を止める必要がないことがわかった が、航空機の墜落についての耐久性は十分ではないので、政府の脱原子力の方針には 変わりはない」と歯切れの悪い発言をしていた。

 

 

メルケル首相は倫理委員会を重視

 

 RSKが、航空機の墜落を除けば、原発の安全性について太鼓判を押したにもかかわらず、メルケル首相は脱原子力に踏み切った。彼女はもう一つの諮問委員会である、「安全なエネルギー供給に関する倫理委員会」の提言書の方を重視したのである。

 

 日本では原子炉のストレステストは予定されているが、倫理委員会の設置は予定されていない。「なぜ原子力エネルギーをめぐる議論に“倫理”がからんでく るのか」と不思議に思われる方もいるだろう。そこで今回と次回の当コラムでは、この倫理委員会の提言書について詳しくお伝えしたい。

 

 ドイツで以前から原子炉の安全問題を担当していたRSKとは異なり、倫理委員会は福島事故後にメルケル首相によって急遽招集された。

 

 倫理委員会の委員長は、2人。その内の1人、クラウス・テップファー元連邦環境大臣はCDUの党員で、国連環境計画UNEPの事務局長を務めたこともあ る、ドイツで環境問題に最も精通した政治家の1人だ。彼は提言書の作成に取りかかる前に「“原発を廃止する”と宣言するだけでは十分ではない。我々は、原 発の廃止が電力供給のリスクをどの程度高めるのか、先進国ドイツの経済的な安定性を確保できるのかについても、分析しなくてはならない」と語っていたが、 シュレーダー政権が2002年に導入した最初の脱原子力政策については前向きに評価していた。もう1人の委員長は、ドイツ研究者連盟のマティアス・クライ ナー会長。ドルトムント技術大学の教授で、金属工学が専門である。その他の委員15名は、次の通り。

 
ウルリヒ・ベック 元ミュンヘン大学の社会学教授、リスク社会学が専門
クラウス・フォン・ドナニュイ
(SPD)
元連邦教育大臣
ウルリヒ・フィッシャー バーデン地方・プロテスタント教会監督(司教に相当)
アロイス・グリュック(CSU) ドイツカトリック中央委員会の委員長
イェルグ・ハッカー ドイツ自然科学アカデミー会長
ユルゲン・ハンブレヒト 化学メーカーBASF社長
フォルカー・ハウフ(SPD) 元連邦科学技術大臣
ヴァルター・ヒルヒェ(FDP) ドイツ・ユネスコ委員会の委員長
ラインハルト・ヒュットル ドイツ地学研究センター所長・技術科学アカデミー会長
ヴァイマ・リュッベ 哲学者、ドイツ倫理審議会・会員
ラインハルト・マルクス ミュンヘン・フライジング教会の大司教
ルチア・ライシュ 経済学者、コペンハーゲン・ビジネス・スクール教授、持続可能な成長に関する審議会の委員
オルトヴィン・レン 社会学者、リスク研究家、バーデン・ヴュルテンベルク州の持続可能性に関する審議会の会長
ミランダ・シュレーズ 米国の政治学者、ベルリン大学の環境政策研究センター所長
ミヒャエル・ヴァシリアディス
(SPD)
鉱業、化学、エネルギー業界の産業別労働組合の議長

原子力と無縁の知識人に諮問

 

 興味深いことに、電力業界や原子力産業の代表者は、1人も正式な委員として招かれていない。大手電力会社の社長や電力関係の業界団体の幹部は、倫理委員 会が開いた公聴会で意見を述べることを許されたものの、政府への提言書を作成したメンバーには加わっていない。電力を大量に消費する企業の代表も、化学 メーカーの社長が1人加わっているだけだ。

 

 むしろ社会学者や哲学者、宗教関係者など、原子力とは無縁の知識人が大半だ。しかも原子力に批判的な人々が目立つ。たとえば「リスク学」の権威として日 本でも有名なウルリヒ・ベック教授は、原子力に批判的な内容の著作を発表していたことで知られる。また、ドイツの教会関係者が3人参加しているが、彼らは 原子力について「神が創造した物の保護」の精神に反するとして、以前から否定的な見解を持っていた。環境団体の代表や反原発運動家はメンバーになっていな いものの、委員会の人選を見ると、メルケル首相が電力業界に対して不信感を抱き、初めから原子力廃止への決意を固めていたことが感じられる。

 

 ちなみにドイツ政府は過去にも何度か倫理委員会を設置して、意見を求めている。たとえば臓器移植や動物実験、遺伝子テスト、受精卵の着床前診断 (PID)など、科学技術が道徳や倫理に抵触する可能性がある場合には、学識経験者を集めた倫理委員会が提言を求められる。ドイツでは、「科学と倫理」の バランスを常にチェックし、技術の進歩が道徳や倫理に触れないかどうかを問うことが、極めて重要な課題となっているのだ。戦後ドイツがこうした態度を取る 背景には、ナチス時代のドイツで、医学や科学が独裁国家の僕(しもべ)となり、人間性をふみにじる行為に使われていたことに対する反省もある。

 

 ただし倫理委員会は、通常医学に関するテーマを扱う諮問機関であり、エネルギー問題を俎上に上げるのは珍しい。テップファー委員長も、「政府部内には、 原子力の将来を倫理委員会のテーマとするのは、不適切ではないかという批判もあった」と語る。しかし結局原子炉事故は多くの国民の健康に影響を与える可能 性があるので、倫理委員会のテーマになり得るという意見が重視され、委員会の活動にゴーサインが出た。

 

 4月4日に作業を始めた倫理委員会は、約2カ月後の5月30日に「ドイツのエネルギー革命・未来のための共同作業」という提言書を政府に提出した。私は 48ページの報告書を通読してみたが、RSKの鑑定書とは対照的に、「原子力は過去に属するエネルギーであり、廃止こそが最良の道」という主張に貫かれて いると感じた。

 

 倫理委員会は、2021年までに原子力を全廃するよう政府に提案。さらに福島事故後に止められた7基の原子炉を含む、停止中の8基の原子炉は再稼動させず、廃炉にするべきだと主張した。

 

 また委員会は、原子力の停止と 他のエネルギー源による代替が予定通り進んでいるかどうか、電力の価格や供給に悪影響が及んでいないかどうかを監視する ための「モニタリング」を重視。連邦議会に「エネルギー革命担当議員」を新しく任命し、脱原子力のプロセスを監視させるよう求めた。

 

 さらに、ネット上に「エネルギー革命・国民フォーラム」を設置して、この問題に関心のある市民は誰でも議論に参加できるようにする。また倫理委員会は、 「原子力を廃止しても、2050年までにCO2排出量を1990年比で80%削減するという、政府が2010年秋に打ち出した目標は変えるべきではないと 主張した。


提言書は原子炉安全委員会(RSK)の「ドイツの原子炉は、技術的には福島第一原発よりも耐久性が高い」という内容の鑑定書には一切言及しておらず、RSKとは独立して分析作業を行なっていたことがわかる。

 結果的にメルケル政権は、倫理委員会の提言内容をほぼ全面的に受け入れて、提言書が発表されてからわずか1週間後の6月6日には、原子力の全廃を閣議決 定した。わずかな違いは、最後の原子炉のスイッチを切る日を、倫理委員会が推薦した日付よりも1年遅い2022年12月31日にしたことくらいである。

 

 

原子力リスクを社会全体で判断

 

 委員たちは、どのような根拠に基づいて脱原発を提言したのだろうか。彼らによると、福島事故が引き金となって、「政府は原子力を安全に使用するという責 任を全うできるか」という命題が、ドイツで活発に議論されるようになった。「レベル7に達するほどの原子炉の過酷事故は、旧ソ連と違って技術の進んだ国で は起こりえない」という神話が崩壊したからだ。

 

 委員たちが特に強調するのは、原子力リスクを技術面だけではなく、社会全体として判断することの重要性だ。

 

 彼らは、「福島事故は、原発の安全性をめぐる、専門家の判断に対する国民の信頼を揺るがした。このため市民は、“制御不可能な大事故の可能性とどう取り 組むか”という問題への解答を、もはや専門家に任せることは出来ない」と断言する。この一文には、福島事故以降ドイツで一段と強まった、「技術者に対する 不信感」がにじみ出ている。

 

 メルケル首相を始めとして、原発推進派のドイツ人たちは、「どんなに安全措置を講じても完全に消し去ることのできない残余のリスクは小さいので、受け入 れることができる」という、原子力の専門家の判断を鵜呑みにしていた。しかし福島事故は、その推定が誤っていたことをドイツ人に悟らせたというのだ。

 

 この結果、委員たちは福島事故のためにドイツでの議論のポイントが「原子力発電を使用するべきか否か」ではなく、「原子力発電をいつ廃止するか」に移っ たと述べる。彼らは「キリスト教の伝統とヨーロッパ文化の特性に基づき、我々は自然環境を自分の目的のために破壊せずに、将来の世代のために保護するとい う特別な義務と責任を持っている」と説明する。この一文には、福島事故のニュースに接して、ドイツの技術者、科学者たちが味わった苦悩が浮かび上がってい る。

 

 実際、提言書の作成者の1人であるマティアス・クライナー教授は、「ライニッシェ・ポスト」紙とのインタビューの中で、「工学技術の研究者として、福島 事故については深く考え込まざるを得なかった。この事故は、私の心の中に原子力エネルギーへの疑念を植えつけた。人類がリスクを計測できず、制御できない テクノロジーは将来に対する負の遺産であり、子供たちにそのようなものを引き継いではならない」と述べている。

 

 原子力発電所が抱えていたリスク自体は、福島事故によって客観的に変わったわけではない。しかしドイツでは原子力のリスクに対する、人々の受け止め方、 つまり主観的な見方が変わった。このことは、技術的には何の意味も持たないが、社会学的な側面からは重要な意味を持つ。「大規模な原子力事故は仮説ではな く、実際に起こり得る」ということを意識する人が、以前よりも増えたことを示すからである。



原子炉事故が日本で起きた事を重視

 

 委員たちは提言書の中で、「今回の事故がハイテク大国・日本で起きたことを特に重視している」と記す。彼らはこの事実のために、「大規模な原子力事故は ドイツでは起こり得ない」という確信を持てなくなったと告白する。ドイツ人にとって、高い技術を持った日本は、原発の安全性を判断する上で、重要なベンチ マークの一つだったのだ。

 

 倫理委員会のメンバーの一人によると、「ドイツが日本を物差しにしていたのは、日本社会にはドイツ社会に似ているところがあるからだ」という。確かに、 製品の細部にこだわる完全主義、物づくりを大事にする精神、天然資源の少なさを、技術革新でカバーしようとする姿勢、勤労を重視する国民性などには、日本 とドイツには似た側面もある。

 

 だが彼らは福島事故後の日本政府の対応に、失望したようだ。彼らは提言書の中で「福島事故の発生から何週間も経った時点でも、収束のめどが立っておら ず、被害の全貌をつかむことができていない」と指摘する。実際日本では、事故から数カ月経って、放射性物質による食品汚染の広がりについての事実が、次々 に明るみに出てきた。政府は「健康に影響はない」と説明しているが、女性の母乳から 微量の放射性セシウムが見つかったり、子供の甲状腺に微量の内部被曝 が確認されたりしている。提言書は、「原発で大事故が起きても、被害を限定できるという考え方は、福島事故によって説得力を失った」と厳しい評価を下す。

 

 メルケル首相が連邦議会での演説で、「自分は原子力リスクを甘く見ていた」と告白したように、委員たちは人間が行う想定に限界があることを強調する。 「福島事故の原因となった自然災害の規模は、この発電所が設計された時に想定されていなかった。この事実は、技術的なリスク評価に限界があることを、はっ きり示した。現実の被害は、地震や津波についての想定を超え得ることもわかった」。その上で彼らは「リスクの分析を、純粋に技術的な側面だけに限ること は、誤りだ」と断言する。

 

 彼らは、技術者の想定能力に限界があるのだから、原子力発電所のリスク評価を行う際には、技術的な側面だけでなく、社会的な側面にも注目するべきだと訴 える。原子力問題については技術偏重から脱し、社会的に広い見地から分析せよというのだ。これが、メルケル首相が社会学者や哲学者たちに、原子力とエネル ギーの未来について議論させた理由でもある。

 

 戦後の高度経済成長期には、日本と同じく西ドイツでも、原子力に未来のエネルギー源として大きな期待が寄せられた。1950年代から1960年代には、 原子力を繁栄の象徴と見なす人々も少なくなかった。当時には、ドイツでも100基を超える原子炉が必要になると考える人々がいた。

 

 だが委員たちは、提言書の中でドイツでは原子力利用の時代が終わったという姿勢を打ち出している。彼らは「原子力の平和利用が始まった時、ドイツ人は、 “この技術が進歩と繁栄をもたらし、限られたリスクで無限のエネルギーを約束する”と考えた。しかしその約束は当時の知識水準に基づく桃源郷であり、少な くとも今日のドイツには通用しない」と述べ、1950年代のドイツ社会が描いていたバラ色の未来像を否定する。

 

 次回は、委員たちが原子力のリスク評価をめぐって、どのように議論したかについてお伝えしよう。