爆発や火災をどの時点で消防に通報するか? (日本触媒爆発と東電爆発) | お手伝いさんたちのブログ

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中部大学 武田邦彦先生のブログの中で、音声収録のみのものをテキスト化して掲載しています。
テキスト化及び掲載にあたっては先生から許可を頂いています。

爆発や火災をどの時点で消防に通報するか? (日本触媒爆発と東電爆発) (10/5)




(この記事は音声が主体です)


危険な施設を使って収益を上げている企業の社会的責任について触れます。少なくとも企業の社会的倫理が叫ばれた頃は、日本でも



1) 事故が起こりそうな時点で地元消防に電話する、



2) 電話する人は新入社員でも業者でもよい、



3) それが危険な施設を使って収益を上げる企業の最低の条件だ



ということになっていました。ところが2012年の日本触媒の爆発事故ではそれを怠ったようです。そして普段から、会社に都合の悪いことを通報した業者はCランクに格付けされて出入りが禁止するということもあったようです。




法的に、そして社会的に正しいことをする人を罰する規則は「違法である」という意識を作り出すことが必要なように感じられますし、化学業界は検討をして「社会と化学工場」についてコメントを出す必要があります。




また、2011年の東電の爆発事故の場合は、爆発が予想されても通報しないということで、会社はもちろん反社会的でしたが、新聞なども広告費が無くなるのが怖いのか東電の行為をほとんど追求せず、今でもあまり追求されていません。




仮にこれからマスコミが日本触媒を批判する(正しい批判だが)ようになったら、これも「弱いものイジメ」の典型的なことになるでしょう。前向きに産業と社会の問題を解決することが大切と思います。


(平成24年10月5日)




--------ここから音声内容--------




私が旭化成という会社に入った時、ちょうど高度成長の前でありました。日本の石油化学プラントはですね、できて10年か20年ぐらいたってた時でありますが、非常に社会に勢いがあり、まだ正義が通っていた、もしくはですね、正義を通そうと…そういう力が強かった時代でありました。従って私が入社を致しました時ですね、上司の人に安全について、また社会と企業について充分な教育を受けたわけであります。その典型的な一つが、事故が起こった時の社員の対応でした。





研究室で火災が起こったら、ただちに119番しろ、とこう言われました。上司の私にも連絡せず、場内消防がありましたが…自衛消防というんですが、消防車…立派な消防車が3台ありましたが、そこにも連絡してはいけない。まず119番の市営消防に電話をしなさい、それが終わったら自衛消防に電話し、最後三番目が上司であると…こういうふうに訓練を受けました。





つまりですね、その理由としては、私たちは市民の協力を得てこの工場を動かしている。だから私たちが最も大切なのは市民の安全を守ることだと。だから家で火が出たら、それは消防署に電話するのが市民の当然の役割であり、家が少し大きくなって工場になったからといって、お父さんに連絡してから…会社にいるお父さんに連絡してから消防署に連絡するのではないと…こういうことを非常にきちっとお話を受けたわけであります。





事実、その当時はですね、工場もまだ不安定で大きな火災に私も一度経験したことがあります。隣の工場でしたが、火災が出まして、私もすぐ走っていきましたら、自衛消防が先に来ておりましたが、その後市営消防が来ると自衛消防はぐっと下がって、市営消防が前面に出て消火をしている姿を見まして、「あぁなるほど、これが社会における企業の役割なんだな」ということを強く感じたもんであります。





今度の日本触媒の爆発事故を見ますとですね、まだニュースは錯綜しとりますが、日本触媒はふだんからですね、下請けの人とかそういう人が(消防に)電話してはいけないと、こういうふうなことを指導してたようでありまして、この指導に従わないと、A分類、B分類、C分類という分類をされまして出入りが禁止になると。つまり違法なことをした人がA分類で出入りが許されて、正しいことをした人がC分類で仕事がなくなるという現在の日本の縮図のようなものが行われていたということです。





これについては早速ですね、石油化学の業界でですね、この点についての会議を行い、声明を出すべきだと思います。石油化学コンビナートが社会に認められるているのはですね、事故が起こる時にいち早く地元消防に連絡をするという鉄則があるからであります。つまり事故が起こりそうな時点で、社員であれ下請けであれ誰であれ、それを見た人が直接地元消防に電話をしていいんだということにならないとですね、これはコンビナートの安全性を守ることはできません。





そして危険な施設を使えるのはお上が認めたんではなくて、住民が認めたわけであります。お上が認めたような体裁を取っているのは、お上が住民の代わりに認めてるからであります。この意味でお上という文字を使うということ自体が、私たちの社会が古いというふうな感じをいたします。





この東電の事故はもっとひどいわけで、吉田所長…福島第一原発の吉田所長がですね、消防に連絡したいという提案をしたそうでありますが、その提案の先が本社か政府であったことが間違いであります。吉田所長が病気されているので厳しく言うことを控えたいのですが、やはり発電所を管轄する所長であれば、直接消防に電話しなければいけません。上司の許可を得る必要はありません。





なぜかっていうと、私たちは日本人であり、社会でありですね、会社の中の規則を守って社会との約束を守らないというのはですね、一般的にはアウトローの社会であります。アウトローは親分と子分がいて、反社会的なことをする時でもグループ内の規律を守るというのが鉄則でありますが、まともな社会人はですね、社会の中に生きていまして、社会の中の規律を優先し、仲間内の規律を二の次にするというのが常識的であります。







そういう意味でですね、現在原発が再開されようとしてる、もしくは大飯原発が再開されとりますが、この時にですね、大飯原発が爆発しそうなことになった時に、地元消防に連絡することにはなっていないと考えられます。これは日本のきわめて大きな後進性であります。現在原子力規制庁が活動しておりますが、原子力規制庁としては、事故が起こりそうな時に、発電所にいる作業員でも新入社員でも、ただちに地元消防に連絡ができる体制をとって、その時の連絡した人の身分の保証、仕事の保証をですね、ちゃんとすると。それが大切だと思います。





電力会社すべてが良心的であれば、そういうことはいらないんでありますが、今度の日本触媒の爆発を見ますと、企業の方がですね、正しいことを…社会的に正しいことをした人を罰するという可能性がありますので、この件も非常に重要だと思います。







このようにですね、ちょっと話が堅くなりましたが…というのはですね、この問題っていうのは私が去年の4月ごろ、原発の爆発があった直後に2、3冊の本を出した時にですね、そこにほとんどの本に書いたんでありますが、なかなか社会の主流にはなりませんでした。私たちは原発が爆発することも嫌ですが、もしも爆発した時に子どもたち・家族をどう守るのかということも同時に非常に重要であります。私はこれを救命ボート論と言ったわけですね。どんなに安全性が高いと見られる大型客船を出す時にも、いざという時のために救命ボートを備えておく必要があるんだと。またその訓練をしとかなければいけないんだということですね。






主人はあくまでも住民でありますので、まずは住民に連絡をするということがきわめて大切だと思います。また日本はですね、阪神・淡路大震災、東北大震災と2回の大きな悲惨な事故を経て、個人個人がどんなに大きな事故であっても、慌てふためいたりパニックになったりせず、整然と行動できる民族であることが証明されました。このような誇り高き民族の中で生活してる私たちはですね、原発の事故が起こるといってもですね、容易にそれに対応することができると思います。国によっては原発事故の退避を定期的に訓練してる所すらあるわけで、日本がそれもできない野蛮な国であるというのは非常に残念な気がいたします。