読者のご質問に答えて16.「説明」を怠る日本の指導者、自治体、学校、そして専門家(12/27) | お手伝いさんたちのブログ

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中部大学 武田邦彦先生のブログの中で、音声収録のみのものをテキスト化して掲載しています。
テキスト化及び掲載にあたっては先生から許可を頂いています。

(文字起こしをお手伝いして下さった方からの投稿です。danielle(ダニエル)様、ありがとうございました)




読者のご質問に答えて16.「説明」を怠る日本の指導者、自治体、学校、そして専門家(12/27)


--------ここからブログ記事--------


長期戦に入って、多くの方が被曝を避けるための武器にして欲しいと思い、読者の方の質問があった時にお答えしています。

原発事故が起こってまもなく、東北のある知事さんが「住民にベクレルなどと言ってもわからない。「安全」と言うしかない」と発言しているのを聞いて、本当にこの知事は自分の政策を県民に話して、民主主義のもとで選挙で選ばれたのか?と信じられない思いだった。

地方の選挙では「お酒を飲ませて票をまとめる」ということが、未だに行われていると聞くが、それも本当かな?と思う言葉だった。

それからズッと、国も自治体も学校もなにか決めてもほとんどその根拠を示さない。

最近では東京で燃やす瓦礫の線量率を、マスコミの記者が個別の線量計を使って測るのを禁止した。為政者が人格者でよく考え、国民のことを考えている場合は、「説明なしの民主主義」もあり得るが、現在のようにトップに立つ人が自分のお金のことだけを大切にしている時代の民主主義には「説明」と「質問に対する真面目な答え」が必要である。


--------ここから音声内容--------


えーと、あれは原発の事故が起こってから暫く経ったところで、東北の人には誠に申し訳ない事なんですが、
ある東北の知事がですね、「どうせ県民にベクレルなんて言ったって分らないから、安全と危険という2つしか言わなくていいんだ」とこう言った時にはですね、私、その県っていうのは、高校に行ってる人いないの?って感じがしましたね。



いくら教育が荒れてるといってもですね、福島原発の事故があって自分とか家族の身を守る為に、今まで学校で勉強した訳ですよ。二次方程式ぐらい勉強してるでしょうからね。そんなものよりか、ずっと易しいわけですから。ほんとに日本っていうのは教育が行き届いてんのかな?という風に思いましたし、またよく選挙でですね、公約をきちっと、政策とか人柄を聞かないで、お酒の饗(供)を受けたから、票を入れるって話も未だにあるんですけども、そんなことが現実に未だあるのかな?という風に思いましたですね。


そういう風に思ってたら、最近ではですね、東京で瓦礫を燃やすことになったわけですよ。これで石原都知事が「黙れ!」と、こう言ったんで私は、ちょっと民主主義には相応しくない言葉じゃないですか?というような事をこのブログにも書きましたけど。



やっぱり、いよいよその正体が現れてきたって言うかですね、今度燃やす東京都の瓦礫の放射性物質の量をですね、マスコミは測っちゃいけないって言うんですよ。東京都が発表するやつだけを信用しろ、と。



ま、おそらくですね、今のマスコミはそうすると思います。今はですね、国も自治体もですね、もうマスコミに全く信頼感を置いてるんですよ。とにかく政府が「隠せ」といえば隠すだろう、「大したことない」といえば、もう今までの主張を180度変えてもマスコミは放射線は大したことないと言うだろう。それから自分達の記者を全部、福島から引き上げても、「安全です」と言うだろう…ということについてはですね、国も自治体もほんとにあの、確信があるんですよ。



1年1ミリシーベルトというのは法律で決まってるって事も、絶対にマスコミは言わないだろう。あるいは、1年1ミリシーベルトよりか高くするということを決めるには、1000年に1度以上の事故という事の証明をしなきゃいけない…ということも絶対言わないだろう。そういう、いわゆるマスコミにある知識は絶対に言わないだろう…という確信がですね、政府・自治体にある訳ですね。


ま、かつては社会党とか共産党っていうのが、そういう役割を果たしたかもしれません。つまり日常的にですね、議論がこう、こーだ、あーだとなってるとですね、意見を言っていいんですけども…ここ20年ぐらい国民全与党でしたからね。



ま、戦前と同じような状態になってましたから。「とにかく説明無しでもいいんだ」と。「東京都の瓦礫は汚染されてないんだ。黙れ!」と、こう言う訳ですね。やっぱりトップに立つ人の何と言いますか、人柄というか、考え方っていうのは大きな問題がありますね。


私はこの前、「大知」(だいち)という「山片蟠桃」(やまがたばんとう)のものを紹介しましたけど、やっぱりどんなに頭の良い人でも、多くの人の知恵には敵いませんからね。やっぱり、それに対する信奉が民主主義なんですよね。少数派にも配慮し、大体は大勢の人の意見で進む、と。



その為にはきちっと説明をして、もし質問があればそれに対して真面目に答える、というのがですね、選挙に選ばれた人なんですからね。選挙に出るということは、皆さんの意思を尊重しますよ、っていう事ですね。


その点で、名古屋市長がある集会で言った言葉、私忘れませんね。ある名古屋市民がですね、大きな集会でですね、「こういう事をやって欲しい、市長はこう考えて欲しい!こういう風な方針を採って欲しい!」ってこう、
真剣に言われました。それに対して市長がですね、
「決めるのは私ではありません、あなたです。市の政策は市長が決めるんではなくて、市民がお決めになるのです」と。



「市長の能力というのがもしあれば、それは市民の意見を感じてそれを実施する事が出来る人、という意味です。私は、市民の方が意見を決めて頂ければそれに従います」って言った言葉には、ほんとに私びっくりしました。えぇ。

それと全く正反対の言葉、それが「黙れ!」って言うんじゃないかと思うんですね。民衆は愚である。馬鹿である。だから、何も言わなくてもいいんだ。「こうなった」と言えばいいんだ、というのはですね、私は、今度のそれは、マスコミがもう支持してくれるからいいんだ、という事が非常に行き渡っているという風に思いますね。