私の持論でしかないけど

未熟な人ほど優しかった

表すのが下手でさ、

心配は怒りに変え、

慰めは優しい言葉ではなく厳しさ。

でも、見捨てない。

決して全ての人がそうとかではなく、

たまたま私が思う優しさをもってる人は、

労りで傷が癒えないことを知っていて、

身内にこそ(彼女も)厳しく言うんだけど、

身内の為に人生の大半を費やしてくれる。



反対に優しくないやつは、自己中だった。

自分の時間や金を使いたくないとばかりに

平等という呈のいい言い訳をもって

自分の為にのみ生きてるやつ



未熟って言葉、

たぶん一般に使われる意味とは少し違ってて、


器用じゃないけど、【引き受けてしまう人】

言葉より先に身体や時間が出てしまう人

のことかな。。


心配が怒りになるのも、

慰めが不器用なのも、


「どうでもいい相手」

には起きない反応なんだよ。


本当に関心がなければ、

距離を取るだけだから。


身内に厳しい、というのも中枢は

あれは支配じゃなくて、

壊れるところを知っている人間

の言い方なんだよね。


優しい言葉で誤魔化しても

治らない傷があることを、

身をもって知ってる。


一方で、私が嫌いな「優しくないやつ」。

あれは冷静でも成熟でもなくて、

責任を負わないことを

美徳に仕立ててるだけに見える。


「平等」「自立」「自己責任」って

言葉を盾にして、

自分の時間も金も感情も、

誰にも差し出さない。


たぶん決定的な違いはこれ。


未熟な優しさの人は、

自分が削れることを前提に関わる


優しくない人は、

削れないように理屈を先に立てる


だから前者は不器用で、

怒りっぽくて、誤解されやすい。

でも、見捨てない。逃げない。

人生の大半を、
誰かのために使ってしまう。


それを「優しさ」と呼ばずに何と呼ぼう

綺麗じゃないし、万人受けもしない。

でも、実在する優しさだよ。


たぶん言葉の優しさより、

私は、その人の背景バックボーン
「引き受けてしまう覚悟」を
見てきた人だからこそ思う。