娘から唐突に
兄のことが好きか、
と問われ言葉に詰まった自分。
今まで聞かれたことも考えたこともなかった。
初めて人から問われ、
改めて自分でも考えてみた。
私は障害がある兄を好きだと言えるのだろうか。
幼い頃、私は兄の面倒を進んでみる子だった。
3歳違いの兄が学校や普段の生活で困っていたら、母に頼まれるより先に甲斐甲斐しく世話を焼き、面倒をみた。
親や先生、友達や周りの人はみんな
私自身ではなく、まずは
障害のある兄にどう接する妹なのか、
を常に見られているような気がしていた。
だから、みんなからよく思われたい、
優しいと思われたい、
好かれたい、愛してほしい。
そのために、障害がある可哀想な兄に優しく接していたような気がする。
兄の世話をし、優しく接して評価してもらうことが、私の存在意義であり存在価値のように考えていたのかもしれない。
その証拠に、
幼い私はよく兄を呼び寄せてギューっと抱っこして、
ようくん、だいすき!
と言っていた。
そのうちようくんも、
〇〇ちゃん、だいすき!
と返すようになった。
その光景を、これまで私に向けたこともないほどの優しい笑顔で、母はいつも嬉しそうに見つめていた。
母は、ようくんと仲良くしていると喜ぶのか、
ようくんに優しくしていると私も評価してもらえるのか
そう学んだのだろう、私は両親がいるところでは頻繁に兄とギューっとし、仲良し大好きアピールをしていた。
でも、両親が居ないところでは、
全くしなかった‥
ようくんから
〇〇ちゃん、だいすき!
と言ってきても、放っておいたのだ。
なんて性格の悪い冷たい妹なのだろう‥
でもいつも親や親戚や周りの関心を一身に受けている兄に対して、私は決して心から
だいすき!
とは返せなかったのだ。
好きな人から放っておかれる気持ちを思い知れ!
とさえ思っていたのかも知れない。
どうしてそんなふうに考えるようになってしまったのか。
それは、きっと私に対する両親の関わり方が一番大きかったのではないか、と今は考えている。
どんなふうに両親が私と関わってきたのか、
このブログを通して改めて思い出し、
自分でも少しずつ心の闇と穴を埋めていきたい。
今はそう思いながらこのブログを書いている。
