シュガ
本名はミン・ユンギ
1993年3月9日に生まれた。
大邱で作曲家生活をしていた時使っていた芸名があった。
その芸名を使いたかったが、
何かインパクトがない、もう少し綺麗で美しくいってみようという話が出て
僕とバン・シヒョクPDさんがいくつかアイディアを出した。
その中で‘シュガー’が僕と一番似合うなどとして決定した。
若干爽やかな感じではあるけど、みんなそれを望んでいるようだ。
舞台の上の僕の姿とは少し違って、反転がある名前ではない。
ソウルに上京して録音室に初めて行った時、
ラップモンスターと他の練習生たち2人がアディダスの三本線ジャージをそれぞれ違う色で着ていた。
それぞれ藍色、緑色、黒で。
僕もそれを買わなきゃいけないんだな、と思って青いジャージを買った。(笑)
防弾少年団というチーム名は、僕たちが他の名前を考える前に既に完成していた。
候補がいくつかさらにあることはあった。
Young Nation、Big Kidsなどがあったけど、これらよりは防弾少年団がよりかっこいいと思った。
小学6年生の時、Stony Skunk先輩の‘Ragga Muffin’を聴いて音楽をやらなければいけないと思った。
そしてEPIK HIGH先輩の’Fly'を聴いたとき、ラップをやる決心をした。
事務所に入る前から音楽を作る時に必要なメディアキットは基本的に持っていた。
作曲家で活動する時、2時間の距離を歩いて通い
毎日夕食を抜きながら買い集めたものたちだ。
だけど僕たちのブログにあがる動画の中のキットはバン・シヒョクPDさんが買ってくださったものだ。(笑)
デビュー前に公開された曲‘팔도강산’で故郷の大邱弁でラップをした。
今は方言を矯正したため使うのが少し不自然ではあるけど、
結局は1日でも大邱へ行って来たら解決できることだ。
2011年に書いた歌詞の中に‘내 랩은 슈퍼스타K 허~각나와’という部分がある。
それほど自信が満ち溢れていたけど、練習生生活がだんだん長くなり
‘僕はこの程度しかできないんだ。辞めようかな…’
という考えが何度となく出てきた。
そんなことを考えつつ毎日明け方にラップを書きながら練習をたくさんした。
弟たちが失敗をしたり喧嘩をする時、小言と訓育は僕の任務だ。
チームで強く言える人が僕しかいないためだ。
性格がまっすぐで直接的な方なので、少し違うだろうという部分があったら全部話す。
前にツイッターで言ったこともあるけど、材料さえ十分なら料理バトルを一回してみたい。
ジン兄さんが料理をよくするけど僕も長年培ってきたノウハウがある。(笑)
ツイッターで‘슙슙’、 ‘응캬캬캬’のような言葉をよく使う。
好んでくださる方たちもいるし、少し気恥ずかしいという方たちもいる。
本当の僕の性格はこういう愛嬌のある方ではなくむしろ無愛想。
しかしファンのみなさんとお話しするときはなんとなくそうしたい。
楽しく疎通してわたしたちもファンのみなさんが好きだと表現するやり方というか。
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知れば知るほど好きになる(*゚ー゚*)
こんなに頑張れるのはしゅがたんがどんな人なのかもっともっと知りたいから。
必死。笑