ジミン
本名はパク・ジミン
1995年10月13日に生まれた
正直どんな芸名になるのか内心楽しみにしていた。
Baby J、Baby G、Young Kidなど候補をいくつか選んでおいたけど、
結局そのまま本名を使うことになった。
(シュガ:僕たちも満場一致で‘ジミン’が一番いいと話した)
僕は毎日僕の顔を見て‘少しずつ変わった?’くらいだったけど
周りからは凄く痩せたと言われた。
特に両親は1年に1・2回しか会えないから
わたしたちの子供はこんなに凄く痩せてちゃんとご飯を食べて通っているの?
と、とても心配なさった。
個人的にダイエットをして少しかっこよくなったと感じる時は…
ファンのみんなが写真を上手く撮ってくれた時?(笑)
献立は他のメンバーと同じように食べて、運動を少し多めにした。
最初腹筋ができたときは別に興味はなかったけれど、
ステージに上がったとき人々の反応が良くて考えが変わった。
(ジン:最初に会った時からジミニは身体がものすごくよかったです)
照れくさいからその話はしなかったのに。(笑)
‘No More Dream’の中間で
一列に立っている兄さんたちの背中を足で蹴る空中での振付があるが
強く蹴って申し訳ないことが多い。
一回、レプモン兄さんをとても強く蹴って急に消えたこともあった。
次の振付をしながらも心の中では
‘あ~申し訳ない。どうしよう。痛くなかったかな?’
と思った。
(ジョングク:横で聞くと‘ポッポッポッポッ’という音が出るくらいだ)
中学2年生の時からポップダンスを踊っていて、
ピ先輩のステージを見てこっちの道に関心を持つようになった。
以降、釜山芸術高等学校現代舞踊科に進学して、
ダンスを教えてくれた先生がエンターテイメント会社のオーディションを勧めてくださって今に至る。
中学校の学芸会ではダンスを一回踊った。
現代舞踊もやって、友達と一緒に東方神起先輩の‘呪文’を踊ったが反応がかなり良かった。
どれくらいだったかっていうと…僕が芸能人になったのかと思った。(笑)
(ジョングク:兄さんがトイレに行って出てきたんだけど、入口に女子生徒がごまんといたんですよ)
最初で最後の思い出だ。
初めてのログは目を開けて見ることができない状況だった。
その上、ダンスレッスンを終えて撮ったものなので顔もめちゃくちゃで、
横に人が8人くらいいてかなりぎごちなかった。
誰もいなかったらもう少し気楽に撮ることができたのに。
一番最後にチームに合流したため僕がチームの穴だと思って練習をした。
(ジン:ジミニは時間さえあれば練習する練習の虫だった。
一日に3時間だけ寝て、ああしてたら死ぬんじゃないかと思うくらい一生懸命やっていた)
前に歌詞を一回だけ書いてシュガ兄さんに持って行ったら
“これ書いたの?”という反応が返ってきた。
本当に歌に使えるくらいのものを持ってこなくてはいけないということだ。
(シュガ:若干童謡を書いたような感じだった)
僕なりの皮膚管理ノウハウがある。
一回クレンジングをすれば長くやる方で、洗ってすぐ水分クリームを塗る。
タオルで水気を拭いた後3秒以内で塗ることがポイントだ。
