今年は、色々なことが有り過ぎて、登山はほとんど出来ず、でした。

 

私の四大ニュース

 

病院

元旦の能登半島地震で大きなショックを受けた私は、パニック発作を起こしました。

 

2日だったかな?気分転換に、散歩(山歩)に行きました。

ところが、下山した時から呼吸が出来なくなってしまったのです。

 

その頃、私は関節リウマチで通院していました。

ドクターからは、薬の影響で肺に症状が出る事があるから、息苦しくなったら直ぐに病院へ来るように言われていました

 

なので、直ぐに主人に病院へ連れて行ってもらったのですが、私を救急外来のドア前に卸して、駐車場へ行っている間に、私は呼吸困難で倒れてしまいました。

 

後で分かったのですが、救急外来の扉は救急車到着の時しか開かなくて、一般で来た人は玄関へ回る必要がありました。

 

倒れている私の横を、病院の清掃員が通ったので、助けて欲しかったのですが、声が出ずその人もチラッ見しただけで行ってしまいました。

 

たまたま、外の自動販売機へ買いに来た看護士さんに見つけられて、ストレッチャーに載せられ中へ入ることが出来ました。

 

血圧や肺のレントゲン、心電図など検査をしましたが、どこも異常無しということで、私の症状はパニック発作の過呼吸だと判明しました。

 

既に私は発作が起きた時の頓服を飲んでいたのですが、全身が痙攣しもの凄い痛みを感じた事でさらなるストレスとなり、症状が悪化するという状況でした。

 

そこで、救急外来でも薬を半分だけ飲ませてもらったら、眠ってしまった上に、時々呼吸が止まったと言われました。

 

自分ではウトウトしていただけの感じだたんですけどね。

 

なので2時間くらい、ベットに横になって完全に収まってから帰宅しました。

 

過去に、全身の力が抜けて倒れたことは何度もあるし、過呼吸や咳発作で息が出来なくて苦しい事も多々あったのですが、ここまで酷くなたのは初めてでした。

 

 

トラック

長野県へ移住

 

何年も前から、いずれは移住したいと主人と話をしていましたが、息子の精神疾患の事もあり、中々踏ん切りがつきませんでした。

 

でも、息子は就職しても職場内で色々あって耐えられないと辞めてしまい、家計費が入れられなくなりました。

 

それでも、タバコを吸いキャラグッズを集める息子とは、何度も何度も話しあいました。

 

でも、変わってくれなかったんですよね。

 

私が具合悪い時は、良く面倒を見てくれる優しい息子なんですけどね。

お金が無ければ生活は出来ません。

 

私も、手の痛みが少し和らいだ5月。

以前もやっていた、家庭を訪問してお掃除する仕事に復帰しました。

 

ところが、受けた仕事先は電車で4駅先だったんです。

パニックで過敏症が酷くて、電車やバスに乗ることが酷いストレスになる私。

 

頑張っていたのですが、夕方の通勤ラッシュ電車内で発作を起こすようになり、好きな仕事だったけど、泣く泣く辞めさせて頂きました。

 

その後、車でも行かれる場所のお宅を受け持ったのですが、もっと多くの時間や私の希望しない曜日を望まれたので、3回行っただけで、交代と言う形で辞めました。

 

 

もう私には家の外で働くのは無理。

そう思って、障害者年金受給の申し込みをしたのですが、パニック障害だけでは受給できる可能性は無いに等しいようで、案の定申請は却下されてしまいました。

 

主人の収入だけで、大人二人を養って高い家賃を支払う事は出来ません。

 

色々と、アパートなども探したのですが、こんな部屋でこの値段!?という所しか見つからなかったんです。

 

都営や市営も考えましたが、念に1~2度の『抽選』

とても、待っていられる状況ではありませんでした。

 

 

引っ越し費用が残っている内に、考えなければならない状況になり、以前から考えていた長野県で探すことになりました

 

すると、東京都同じ間取りの1軒家で、家賃は3万円以上安い所が見つかりました。

 

古~い昭和の建物ですけどね。

コチラは、マンションやアパートより、古い1軒家の方が家賃が安いんですよ。

 

車も家の前に停められるから、費用は掛かりません。

 

息子にも、一緒に行くかどうかを聞いたのですが・・・

そして長野県に住んでいる主人の従妹にも、話を聞いたのですが、ペーパードライバーの40歳息子が長野県に来ても、仕事を見つけるのは難しいと言われました。

 

食品工場などでは募集があるのですが、息子はそういう工場は嫌だそうで。

 

それに、精神障害者の息子は、知人や慣れ親しんだドクターの居る場所の方が良いということで、別居することになりました。

 

 

 

魂ドクロ予防接種薬病院

私の体調不良

 

引っ越し前から色々と手続きしたり、大掃除したりと大変だった上に、住んだ事が無くて環境が全く違う土地へ来た私

 

自分では気が付かない所で、大きなストレスを受けていたようです。

 

引っ越し前に風を引いて、咳が酷かったのですが、内科を受診したことが無かったので、新しい所へ行っても直ぐに引っ越ししちゃうし・・・

 

ってことで、市販薬を服用していました。

処方薬を飲んでいる人が市販薬を使う時は、必ずドラックストアの薬剤師さんに相談しなければいけないのは知っていて、鼻水の薬は相談して購入したんですよね。

 

でもなぜか、咳止めは相談するってことが頭に浮かばず、レジでご利用法は大丈夫ですか?って聞かれて、大丈夫ですと答えて買っていました。

 

その薬を飲むと、ピタッと咳が止まっていたので、飲み続けてしまいました。

 

 

引っ越しが終わって、数日間は防寒対策の買い物で、毎日アチコチへ出かけていました。

 

東京にあるお店と同じのが無かったので、どこに何があって価格がどうなのか分からず、何度も行ったり来たり動き回っていました。

 

そんなある日、家に帰って来た途端に、背中に酷い痒みが生じました。

 

休憩で、木の下に座っていたから、虫でも入ったのかと思って、直ぐにお風呂へ入り服も洗濯をして、着慣れた服に着替えたました。

 

そして、何年か前から飲んでいる、痒み止めの薬薬を飲み塗り薬もぬりました。

 

でも!全く治まるどころか、ドンドン痒みが強くなり、赤く盛り上がって来てしまいました。

 

それが夕方だったので、慌てて皮膚科へ電話したのですが、終了なので医療センターへ行くように言われました。

 

救急外来には、皮膚科のドクターは居ないんですよね。

いるのは、外科・整形外科・内科のドクターだけ。

 

だから、私の症状も原因が分からず、とりあえず痒み止めの点滴をして飲み薬をもらいました。

 

ところが、点滴をしている間は痒みが止まってウトウトしていたのですが、「点滴を変えますね」って言われた後から酷い痒みがぶり返しました。

 

そのことを看護士さんに伝えると、「痒みはぶり返すから」と言われたのですが、その点滴がが終わらない内に診察に呼ばれて行くと、ドクターは「その点滴はただの水だから、途中で辞めても良いですよ」ってガーン

 

 

私は、大きな病院で清掃の仕事をしていたので知っているのですが、生理食塩水の点滴なんです。

単なる水分補給のために、どんな患者さんにも良く使われているんです。

 

前に主人が過労で倒れた時も、栄養剤では無く生理食塩水の点滴をされただけでした。

 

せっかく痒み止めの点滴をしたのに、その直後に生理食塩水を入れたら、成分が薄まって余計に痒くなたんじゃないのはてなマーク

 

私は、そう思いました。

その日は土曜で、次の日も普通のお医者はお休み。

 

でも痒みは広がって、初めは胴体だけだったのに、顔や足まで痒みと赤く腫れあがってきたので、休日診療をしている病院へ行きました。

 

やっぱりその病院も、皮膚科のドクターは週に1回しか来ないから、と言いことでした。

 

しかも、前夜に点滴しているから、続けて点滴も注射も出来ないと言われ、追加の飲み薬と塗り薬を処方されただけ。

 

塗り薬は、1日3回と言われていたけど、痒みが全く治まらず

我慢できない時には、さらに塗っていました。

 

 

翌日は月曜日。

もう皮膚科専門医に見てもらおうと、行って来ました。

そして血液検査をした結果。

 

私が普段飲んでいる薬、引っ越しによる大きなストレス、そして4日分しか入って無くて、治まらなかったら受診するように書かれている咳止めを飲み続けたこと。

さらに、風邪のウイルスが体に残っていること。

 

これらがかみ合わさった事による、薬害だと診断されました

飲んでいた薬の箱を見せると、「ピリン系が2種類入っていて、これでアレルギーを起こしたことに間違いないでしょう」と言われました。

 

体の内側から出ている痒みなので、外から痒み止めを塗っても治らないという事で、飲み薬は最初に処方されたものと同じものを出されました。

 

そして、痒さに耐えられずに皮がむけて出血するほど、搔きむしってしまって傷ついた肌を修復する、塗り薬を処方されました。

 

発症から5~6日で、痒みは治まってきて、2週間弱で肌の傷も治りました。

 

 

病院

肋骨骨折・・・・と自分では思ってます。

 

痒みが良くなって直ぐの頃、モコモコの靴下でフローリングを歩いている時に、足を滑らせてテーブルの端っこでろっ骨を強打しました。

 

その時は、赤くもなって無くて後でアザになるかなぁ?

って思ったくらいだったんですけど、2~3日後の朝。

 

目覚めて直ぐに布団の中で背伸びをするのが、私の習慣なんですよね。

自律神経失調症の人は、朝の伸びで血液循環が良くなって気分良く起きられる。

 

そう聞いてから、毎日行っていました。

 

でも、その日は伸びた瞬間にボキッ!!って音がしました

ハッと思った次の瞬間から、激しい痛みを感じて体を起こすのも辛かったんです。

 

以前にも、事故で肋骨の軟骨を骨折した経験があったので、その痛みと症状が全く同じだったので、直ぐに病院へ行きました。

 

病院へ着くまでの車の振動ですら、冷や汗が出るほどの痛みだったんです。

 

ところが運悪く、その日は整形外科専門のドクターはお休みで院長先生の診察となりました。

 

この病院の口コミでは、折れてると思って診察を受けたら折れて無いと言われ、それでも痛みが続くから他の病院へ行ったら、完全に折れてると言われた!と言う物も、あったんですよ。

 

私は30年以上も整形外科に通っているので、耳からの情報を多く持っています。

 

骨折は、直ぐの時は見つからなくても1週間後にレントゲンを撮り直して見ると、骨折していたというのが見つかることは、良くある話だそうです。

 

でも、その院長は「骨は折れて無いよ。綺麗なもんだよ」と

 

私はヘルプマークを持っているので、わざと「気のせいですかね」って聞くと「そうかも知れないね」って。ムキー

 

では、1週間経っても痛かったら、もう1回レントゲンを撮ってみましょう、とでも言ってくれたら良かったんですけどね

 

 

その病院へ続けて通うつもりで、東京からの診断書を渡してあったのですが、もう2度と行かないびっくりマークと思って、診断書を返してもらいました。

 

1週間は強い痛みが続いたので、バストバンドをつけていましたが、押さえつけられる服のシワの所が痒くなって来たので、外してしまいました。

 

しばらくは、動く時に手で押さえていたけど、歩く振動でも痛みを感じなくなったので、普通に生活しています。

 

ただ、2週間が過ぎた今でも、骨折疑いがある方を下にして寝ると、痛みがありますけどね。

 

 

まあ、出費が多すぎて私の収入は無いし、主人は3か所のドライバー仕事をしたけど、どこもブラック過ぎてげっそり頬がこけたので、私から辞めてとお願いしました。

 

疲労から集中力欠如で事故でも起こしたら、取り返しがつかなくなりますからね。

 

ドライバー不足が問題視されてから、トラックの事故を見ると恐ろしいと思っていたので、もうドライバー以外の仕事を探すように、主人に頼みました。

 

60歳を目の前にしての転職。

しかも年末という時期の悪さから、まだ採用通知は貰て無いんですよね。

 

3件に応募してすべての返事が、来年6日以降とか14日以降Tか言われています。

 

そして雇用保険も、来月初めに入るということで

この年末年始は、節約生活でひっそりと過ごします。爆  笑

 

 

年末だと言うのに、最後に暗い話ばかりで申し訳ありませんでした。

 

でも、これだけ色々とあった訳なので、来年はきっと良い年になると思います。

 

来年こそは、長野県を満喫したいと思っています。

 

今年も、私のブログを見ていただいた方々。

いいねをして頂いた方々。

 

ありがとうございました。

そして、また来年もどうぞよろしくお願い致します。

 

皆様は、素晴らしい新年をお迎えくださいませ。バイバイ