「わたし」は「媒体」 | ひとやすみの日記

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自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆

人生は、
何かを感じるためにあるものだと思っていた。
そしてそれは正しいと思っていた。

でもそれを超えたところに
さらに新しい感覚があって、
それは感覚をコントロールするような遊びではなく
人のために何ができるか、自分のために何がやりたいか
そして「実際に何をするのか」ということがもっともっと大切で重要
それが大きな行動の軸になると気づいた。

今までは何を感じるかを軸にしてきたと思う。
だから極端な話ギャンブルでもお酒を飲んだりすることでもゲームでもドラマでも映画でもその自分の感覚を楽しむというか、湧き上がる感情や感覚を楽しむことで十分だった。

スーパーで半額でお肉を買ったり、たまったポイントでお得に買い物したり、
そんなことが、喜びだった。

感情を軸にして動く人はこの程度じゃないかな。
私は意図して感情を楽しんでいたところがある。

でもいよいよ飽きてしまったというか気づいてしまった。その上の階層に。

今はちょうど境目にいるような感じで行ったり来たり。
ただこれからは自分がどう評価されたとかそういうことを考えないで、人に何を与えることができるかと言うことを考える。
自分を「媒体」として考えている。

私と言う媒体は何に使えるのかと言うことを考えている。つまり私自身の入れ物はどうだっていいのだ。
ただ私と入れ物を使うことで凄く良い作用を生む内容が絶対にあるはずなのでそこは相乗効果を生むのかなと思ってる。

その上で何をしようか、何ができるのか何がしたいのか、そしてそれが良い効果をどれぐらい生めるのか、みんながどれだけ助かるのか、ということを考えたい。