ことをなすのだ | ひとやすみの日記

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自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆

無私の状態になると
自分を定義しているものが消える恐怖
っていうのはやっぱりあるかもしれないな。

実際自分が捉えている自分自身が
その枠組みがなくなってしまうようで不安になる。

自分がなくなってしまうような不安だ。

私と言うパーソナリティーが、つまりさっきまでの私のパーソナリティーがなくなってしまうと言うのはとても不安なことだ。

自分が自分でなくなってしまうような感覚というのは非常に自分自身にこだわってる人間にとっては辛いことだ。

ただ物事をなす、と言うことを見ている場合は
自分自身のことなんてどうだっていい。自分がどんな人間であろうとどう見られているのであろうと、何かを成すことには全く関係ないから。

例えば人の命を救う、という事は
私自身が明るい性格であろうと暗い性格であろうとネガティブであろうとポジティブであろうと関係のない事である。


自分探しなんてしてると、何も成せない。

その時間もったいないんじゃないかな。
自分に目線を向けるより、何ができるかということに目を向けていたほうがよほど良い。。

ただ自分のことしか考えられない時期があったのは確かだ。
その人たちのことを否定するわけでもない。
でももうそんときのことを考えられない。

なんで自分のことばっかり考えてたんだっけ?
なんで人に否定されたりするのが怖かったんだっけ?
いや今だって怖いけど、でも物事を成せばいいんじゃないか?

何か得したような感覚だとか、自分が特別に思われているような感覚だとか、自分に価値を感じるような感覚だとか、そういうのも全部特にいらなくなっちゃった。

多分多くの私の周りにいる素敵な雰囲気を持った起業家や自分で商売やってる人はみんなそんな感じがする。
恥をたくさんかいてきて。今更自分がどう思われるかなんてどうでもよくて何がやりたいか、何をやるか何ができるか、にフォーカスしている。


私もやっとそちらに行けるのか。
すごく長かったけど、今になってやっとわかってきた。
どんな人間であるかではなく何をやるか、だ。
そしてやったことが全てだ。