ラーメン屋でも
当たり前だが
1人で行ける。
おっさんに紛れ
空気化する。
おじいさんやおっさんやおにいさんに
ジイっとみられても
「はて、何か」とちらとみて
自分もおっさんのつもりでそのまま動じない。
すると彼らも
気にしなくなる。
わたしが違和感なく、馴染んでるからだ。
そして、卑屈でなく、そこにいて何が悪い、という雰囲気をナチュラルに出すことに成功してるからだと思う。
これは、
昔からの得意技であるが
若い時は少しだけ大変だった。
もはや
馴染むも存在消すも
反発するも存在主張するも
自由自在である。
まさに
覇気を操るごとく
気を調整するのだ。
人間、この調整を誰しもやってるはず。
ただ、人前に立って多数の人間に自分の話を聞いてもらう必要があるときと
あの存在を消す時は
まるで違うなと思う。
調整してるのだ。
調整できるのだ。
たまに
この調整をせずに人前に立つ人を見る。
誰も話を聞かないぞ、それじゃ、と思う。
人間て
肉体だけじゃなく
見えないもの、たくさん無意識に
調整して使ってるんだなと思う。