12月に入ってから破壊が続いている。
ものも壊れ
体制も壊れ
世界も壊れる。
破壊が起きる時は
創造の始まりでもある。
私が見る世界は私が感じたい世界。
今まさに実りや充実を感じている人もいるだろう。
つまり破壊を感じている私は
どんな世界だろうと破壊を見ているのだ。
つまり事象世界にかかわらず私は今破壊を体験したいのだ。
創造が得意かと言われたら得意なのかもしれない。
しかし残念ながら私には人真似をする以外、創造の手段がない。
そう思ってきた。
人類はこれだけ長く生きてきたのだから
何をやっても誰かの真似になるのは確かかもしれない。
それでも私が処世してきた道は
ものまねだらけ猿真似だらけ。
人の真似をしないと認められない。人と同じことをしないと自分を評価できない。誰かに認められないと自分を認められない。
この連続だった。
私という生き物のオリジナルはどこにあるのか。
そんなものどこにもなくてどこにもあるのかもしれない。そんなことを追い求めること自体が間違ってるのかもしれない。
さて、新たな
創造のジャーニーである。