足りない、という錯覚。 | ひとやすみの日記

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自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆

ひとが金を使う時は


不安な時
強迫的な時
期待してる時
ワクワクしてる時

だと思う。


ゲームの課金は
それをうまく使ってるなあ、と思うし

私がアプリを作るならば
やはりそういうアプリを作るだろう。


ひとにお金を使わせるなら
不安にしなくてはいけない。


優劣の中に置き
目標を与え
位置を確認させる。

他のプレイヤーを見せて
あるべき姿をイメージしてさせる。

足りないものを補おうと
ひとは課金する。


足りないと思わせるのが1番良い。


コレクションでも
コンプリート欲の高いひとが課金するが
コンプリートはいわゆる満たされた形であり
それ以外は
足りない、わけだ。


足りない、という
錯覚がひとを駆り立てる。



コンプレックスを刺激して
ものを売る商売や
健康食品もそう。

不安をあおれば売りやすい。

そんなもんだ。

でもね、金を使っても
その不足がは補われなかったとき
自分が悪かった、と思わせるのは
ゲーム、パチンコかな。

化粧品とかサプリとかは
そのモノや、売った人のせいにして責めることもあるあるだが。

ゲーム、パチンコは
何方かと言えば
娯楽的娯楽なので、自分を責めて終わるパターン多いので
供給側も楽よね。