銅板に刻んだ感情 | ひとやすみの日記

ひとやすみの日記

自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆

私たちは
幼い時に

感情の銅板を打つ。

大きく悲しい時は 
ドンと
強く打つ。
すると、大きなくぼみができる。


鋭い恐怖は
細く深い穴を打つ。

喜びも
達成感も

戸惑いも
不安も。

銅板に打ち込む。


その銅板は
7歳くらいまでに
おおかたできて

その銅板を
ほぼ、一生
使い回す。


銅板に
水を張れば
くぼんだ場所に
たまる。

そこに感情が生じる。


実は
ストーリー性を持った
脈絡のある
感情なんてなくて

みんな点。
マップのように
点在してて
そこにある感情の点に相互の
関連性はない。

あるように感じるのは
錯覚である。


で、
私たちは
過去の
銅板に刻んだ 感情の点を

ただ今も
同じく味わうだけで


そこに実はドラマもクソもない。

ストーリー、エピソード、ドラマは
実は後づけであり
感情が先なのである。



人間として
まっさらなときに
刻んだ

感情を

舐め返してるだけ。



それだけなのだ。