色を知らねば色は見えない。 | ひとやすみの日記

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自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆

奇跡の脳という
本を何度もここに書いているが、

あの本から脳の働きは本当に面白いと気付く。

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脳卒中を意識的に体験しつつ克服した脳科学者の本である。
左脳が働かないと
どうなるのか?

まさにニルヴァーナ、だそうだ。
それを失いたくなくなる、と。

それはおいといて。


彼女が手術後にゆっくりとリハビリする最中に
ジグソーパズルをしていて
その時にどうそろえたらいいかわからないでいると
付き添っていた母親が「色で合わせればいいじゃない」と言ったそうだ。

彼女は、そこで初めて
パズルのピースに色があることに気づき、色が見えたそうだ。

これって
本当に興味深くて。

こういうことって
赤ちゃんの時から人間が知らず知らず
学びを繰り返していることだと思う。


でも
当たり前すぎて気付かない。


しかし
赤と朱赤、バーガンディを
区別するためには

色の名前を知り、その色があることを知らねば
区別はできない。


私は色彩検定を持ってるけど
人間は750万色以上の色を識別できるらしい。

しかし識別する必要性がないと
しない。


そんなものだ。


750万色
教えられれば
きっと違いを言えるのだ。


しかし
色を教えられなければ
色があることに気付かない。


幼児に
「赤」を教えれば
彼らは赤の色を探す。


そして「これも赤、あれも赤」と言いはじめる。


こんなことを
私たちは
色だけでなく
さりげなくずっとずっと死ぬまで繰り返してるのではないか?

「色で合わせればいいじゃない」

それはほかのことでもあてはまる。

言われて初めて
そこに初めて
気付くことがある。


突然見えるようになることがある。

日々
驚きなのだ。

そして
私たちは
昔から多くのことを学び
選び取って
自分が見たいものを見て、生きていると気付く。

そして今も
『気づいてないもの』は
無量大数ほどあるのだ。



私はまるで昔から
リハビリしてるみたいだ。

左脳がほとんど働いていなくて
後から左脳を鍛えた人。

そんな気がする。



人間全般がそうなのかもしれないが。



意識的に
左脳を鍛え上げた人が
人にものを教えたりできるのかもしれない。


いまだに苦手だ。
左脳動かすこと。

でも社内では
ロジカルな人としてなぜか通っており
(報告文書をまとめることはするにはするが、好きでない)
義理の実家でも
理系、ロジカルと言われ
旦那にもそういわれているのだから

もしかしたら
私は努力した結果を
見てもらってるのかもしれない。


友達はきっと
私が完全に右脳派だと知ってるはず。

私も知ってる。