すべては自分ごと | ひとやすみの日記

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自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆


私は仕事はかなり昔から効率的だと思う。
前の前の仕事でも
仕事が早いために作業工程の時間の基準の社員になったこともあるくらいだし
遅刻早退欠勤残業もしない、コミットメントの高いタイプだったからだ。

しかしなぜ
効率的であったかというと
そもそもら合理的なことが好きであることもあるが
何も考えず自分を律せずに
ほっとくと効率的ではない自分を知っているからである。
無意識でダラダラすることもできるが
それは
効率的ではなかったので
頭を使って
効率的にすることはできた。


効率的に自らできる人間は
そもそも効率的ではないことが
前提なのである。

いつでもいつでも
それは
対極にあり
効率的でない状態が前提にあるから
効率的な状態があるのである。


非効率的で空気が読めず
ずれた感覚で
人気も信頼もない
相方さんの存在が
近くにあり、目につくことは
自然なことなのだ。

なぜなら
私は
効率的に仕事をしようと意識的に努力していて
空気を読み、今この場で求められている仕事は何かといつも考え
人のために、チームの力になろうとは必死で
しかし、仲間ともコミュニケーションはかって
頑張っているからだ。


意識的にしていることの
前提には
そうでない状態が必ずある。


私が意識的に努力すればするほど
対極の存在も
クローズアップされるのは
バランスとして当然だ。


それが
相方の存在。


対極。


私が意識的な努力を手放し
妙な力が抜けていけば
バランスの対極からも
力が抜ける。

つまりそういうことだ。


意識的に頑張る人間が
私は好きだ。


そういう人は
苦しむ。

ドラマも体験する。

しかし、
すべてはゲームであり

ふと、ゲームを抜けて
楽しむもことも。

すべては自分ごと。自分のこと。