仮面 | ひとやすみの日記

ひとやすみの日記

自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆

人の失敗に意味を与える相方さんは

なんだろうか。

チームの
人が誰かに迷惑をかけたときなど
さりげなくサポートせず
改めてそれを取り上げて
「しかたないことだから、大丈夫」と
ちょっと責めつつ、でもいいよ、と
許しを与えるあの感じ。

な、何様、と
毒づきたくなるが

あれはなんだろうか。


同じ立場ではないのか?
よくわからん。

しかしあれが引っ掛かるというということは
あれ、は私である。


敢えて取り上げて
許しを与えるようないやらしいことは間違ってもしないが…。

部下には迷惑をかけられても仕方ないと思う諦め感はいつももっているが。

なぜだろうなあ。


部下を責めることを
禁じているのかなあ。


あ、親子の関係だな。
ああやって
改めて

自分のした失敗を
そうだ。
いちいち
父親がピックアップして
私を叱ったことだろうか。

改まってしかる、というか。

そうだ。

目下のものに
アドバイスやサポートはよいが
上から叱ることはどうもいただけない。
彼も叱ってるわけではないが明らかにその場で上下関係を示している。


そうだ、上下関係を示すことが嫌いなのだ。

しかも歪んでいる。
妙な上司ばかりにあたったのか
反面教師ばかりを見ていたせいなのか
こうなりたいというより
こうなりたくないというのが基盤の上司というか。

コーチングスキルもない。

私の上司でなくてよかった。
その場しのぎで、ただ弱き立場のものに優しいだけで
実は本当の相手のための優しさですらない。
窮地に立つと
自分で何とかしてってことしか示さないことも多い。

それで部下のほとんどから信頼されていない…。


そうなるよなあ。

彼にチューニングを合わせすぎたなあと
この間反省。


でも、自分自身のことだから気になるのだ。


今から乗り越えるものがいくつかあって。

その過程なのかな。


彼に感じる残念な感じ。
どうでもいいと思うときもあれば

あの上下関係を示すときには
なんだお前と思うわけで。

「お前ごときが何様のつもりだ」
「上司の仕事も果たさず、そんな時にこそ上司の立場を見せるんじゃねえ」とか

そんなことを思う。

父親は
弱みを私に見せなかった。

だからかもしれないなあ。
完璧な親ではないが

子供時代は父親は完璧だと思っていた。
親が不完全であり、欠点だらけだと知ったのは
だいぶ後の話。

たぶんそれかなあ。

父親がいつも逃げ場のない
叱り方をしてきて
自分もそんな失敗をするかもしれない
一人間ということを
示さなかったからかもしれない。

父は父の役割を
それなりに果たして、生活も支えてきたが
一人の人間として
家族になじまなかった。

父親という役割で、家族に属していた。

弱いところを
見せられない人間だった。

仮面。
そうだな、そんな風な彼を
尊敬していたが、
でも絶対的な存在は、人に圧力を与え自由を奪う。
私の自主性や自分の考えすら奪った。

それは彼が悪いとかではなく
私がそういうタイプだったのだが。


おそらく。



父親のこと。

私はどこかで許してないというか。
そんな部分が大きくあって。

何度も段階を経て
彼を許容していたつもりが。


私に弱いところを見せていた母親
ありのままの母親のほうが
そのまま愛せるし
反発もできるし
受け入れられる。

弱いところを見せない。

彼は決して謝らず
弱みも見せず
都合が悪いと人を責めた。
自分の至らなさを、認めなかった。


しかし私はなんと
それに気づかず
というか
軽い親子洗脳というのか…


気づけなかったのだ。

父親は完璧だと
信じたかったのだ。


完璧な存在が
必要だったから。


誰でもよかったのだろうが
私には完璧であり
信じられる絶対な存在が
必要だった。

父親にその役割を担ってもらったのだ。


あとからそのひずみを
埋めることは
このブログの記事にも現れているが
大変だったが

その時は
彼にはそうあってもらわなきゃ
私も困ったのだ。


だから、このストーリーは完璧なのである。

父親が完璧だと
思いこんで、信じていた
私の子ども時代は
完璧なのだ。

そう。
なんだか飛躍したぞ。

父親は
父親、という役割を
頑張って演じたのだ。

本当は
欠点だらけのただの人間なのに
家族の中で
尊敬される父親になろうとした。
そして
父親として
どうするかを自分なりの考えで決めて
演じたのだ。

親ってそんな側面を確かに持つ。

今は友達親子が多いが
昔は違った。



相方さんの中に見るのは
上司としても、仕事人としても欠点だらけのくせに
上司の役割を演じようとする違和感だ。

父親も
父親として
一般的には
欠点だらけであったかもしれないし
人間的にもトラウマを抱えたまま消化できず生きてるし
まあ、それはそれは
彼にとって
人を育てるって大変な仕事だったと思う。

だから、自然に
一人間として私に向き合うというより
父親としての
仮面をつけているかのごとく、私に向き合っていたようにおもう。

だから、
父親を尊敬しつつも
違和感は拭えなかったのかもしれない。

相方さんに感じる違和感。

勘弁してほしいが、
しかし、彼なりの精いっぱいなんだろうなあ。

父親のことを考えると…。

なんだか、ね。

でも、整理したら
これもまた、パズルのピースがはまるように
ひとつクローズ。