「認められたい」 | ひとやすみの日記

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認められたい

という思いがある人のまわりに

モラハラするような人間があらわれる。


そうかもなあと思った。


モラハラ女に
認められると

ホッとする瞬間がある
そんな自分に気付いた。

でも
もちろんモラハラ女は決して私を認めているわけではなく
ただただ

瞬間に
上下関係で生きていて
私以外の誰かをけなすために私を認めるようなことをするだけで

別にどうでもいいのだ。


モラハラ女は
ただただ
ただただ
誰かの上にありたくて
自分を保ちたくて
そのために周りのキャストは誰でもよくて
自分のことばかりを見ているのだ。

材料は何でもいい。仕事でもなんでも。



そして
認められたい側も同様で
相手は一定以上の
レベルを持ってその場所である一定以上のポジションを持っていて
自分よりも上だと認めている人間であれば

誰でもよいのだ。
そして
材料は何でもいいのだ。仕事でも、なんでも。



ああ、需要と供給が
成り立っているのだと、感じた。


そして
私の幼少時代を思い出した。


私は昔からおとなしくて
社交的ではなかった。
周りの人と、どんな関わり方をしていいのか知らなかった。
そんな私を仲間として自分のもとにおいて
奴隷のように主従させて
そばにいさせたがるのは
気が強くてコントロールが強い女の子ばかりだった。

保育園時代からそうだった。
K林Y子ちゃんとか。

小学校はIちゃん。
中学はMちゃん。
高校はFちゃん。

私がコントロールされなくなったのは
大学の時から。

でもその代り
彼氏を
わたしをみとめてくれる道具に使っていたのかもしれない。


とにかく、自分より
ある程度
その場を掌握していて
パワーのある人が
私のそばについて
コントロールを加えてきた。

私は安心するとともに
だんだん不快になってきて

どの人とも決別している。
私から。


だってうざいんだもん。
喧嘩別れみたいな人もいる。

私からみんな離れるのだ。
あのモラハラ体質を引き寄せるのは
私の
「認められたい」という
気持ちだったんだなあと思った。


ずっと忘れていたけど
彼氏とか、遊び仲間の男の子たちに
ちやほやされたり
認められたり
自分の存在意義をしっかり感じることが出来るようになったら

まわりから
モラハラ人間は消えた。
(彼氏とはモラハラ関係にはならない)


つまり、私は
認めてほしいだけなのだと
思った。

同レベルである。
モラハラ女と。


不快感は
かならずあって
私から決別は必ずする。
それでも相手はくっついてこっちのエネルギーを吸おうとして来るが
必ず離れられる。

保育園の時代の子は
小学校に上がって自然と離れた。
小学校時代の子は中学で転校したのでいなくなったし
高校時代の子は手紙を書いて何回か話し合って離れた。
そのあとも何となく友達だったが、こちらから関わりを一切たった。


まさに
引き寄せといて
突き放す。

それが
私。

勝手だけどさ。
必ず
一時は需要と供給があっていても
合わなくなる時が必ずあって

その時は
必ず決別なのだ。

それは今までと一緒。
これからも。