自分、という曼荼羅全体を感じる | ひとやすみの日記

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自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆

今まで何度も同じようなことを
繰り返しているよう見えても

今、から「ある一定方向の」視点で見ているから
そう感じるだけだ。

過去がそうであったように。


でも過去は変わる。

今までがそうであったように。

理由は、今に全てがあるから。


私がここに書いていることも
どんどん変わる。



ミニマムに世界を感じているときは
軸がどんどん変わるから。

立体的な大きな球体の曼陀羅を想像して
その曼荼羅の中心に通るように
焼き鳥の串みたいに
さくっと
時間軸を通す。

すると
その軸が体験する世界は
その軸に沿ったものになる。


そんな感じで変わる。
その軸はどんどん動く。

突然大きく軸の位置が変わるときもある。
軸の中心は曼荼羅の中心からほとんどぶれないけどね。
ぶれたときは病気になったときだ。
心と体の病気。


そんな感じでどんどん変わる。

でもその曼荼羅全体であると感じ
軸を感じないでいるときの
意識の状態が


今、であり
ここ、である。


過去は変わる。

という表現は
軸を用いた
ミニマムな表現であると
これでわかるかもしれない。


本来は軸を通さないで
全体で感じればいいのだが

人間として生きるときはどうしても
軸を通すことが
必要になる。

で、軸の位置にこだわりはじめると
トラブルを感じ始める。
中心点だけ意識して
軸はぐるぐると
そのときにあわせて
柔軟にうごくようにしておくと
非常に楽に
広く楽しく生きられる。


そんなことを感じる。

動画にして整理したいくらいだけど
そんなものつくれない・・・