ソフィーの信念 | ひとやすみの日記

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自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆

ハウルの動く城、好きだ。


ソフィーの声が変だし
ハウルの声もいまいちだけど
まあいい。慣れた。


ソフィーがばあさんになったり
おばさんになったり
若くなったり
いろいろ変化を遂げながらストーリーは進む。

私は違和感がなかったが
左脳派の人間は違和感満々だろう。



ソフィーの内部が
外見に現れるのだ。


この話、時系もめちゃくちゃだしね。

過去も未来も
むちゃくちゃで
現実に全てリンクしちゃってて
直線的な時間の流れの意味がない映画なのだ。


それも好き。

場所もね
どんどん変わる。


私が今日見ていたときに
感じたのは

ソフィーが自分の言葉で

自分の信念を持って
話し始めるときの
彼女の強さ。


それまでは 
なんだか頼りなくて…。
仕方なくという感じで
その場にも来ている。

しかし
彼女が
魂からの信念を語り始めたとき
彼女は20代の姿に戻る。10代か??

その声は
魂の声。
もうその時には
彼女は自分自身の内側にいて
しっかりとして
やることもわかっている。


私にも
そんなときが
たまにある。

ほぼほぼ
力は入らない
ボーっとしてるのだが
いったん意志を持って話し始めたとき
まるで別人のようになる。

別人は言いすぎか。

でも
今まで頭が空っぽに思えたような
そんな私が
何か確信を持った姿で
目を光らせて話すので
みんなふっとそれにひくというか
のまれるというか

同様に反応を返してくれることがほとんどである。
同じように目を光らせてくれるのだ。


ソフィーのような瞬間は誰でも持っている。

ただ、
信念を人前で語れるというのはなかなか
年の功とか経験とか
よほどの強い信念がないと無理。


私には強い信念がある。
人に何を言われても
自分の身を切って感じて経験して得た
自分なりのロジックがある。

誰にでも適用はできないものだ。
そもそも人のためにはない。

私はそのロジックを持っているからこそ
芯から
通った話をすることが出来るのである。


人にそのロジックを適用させるために
そのロジックを作ったのではない。
人の問題の解決のために作ったのでもない。

そのロジックは
結果論というだけで

ただ
「自分を生きた」という
実感を込めた経験の産物なのかもしれない。


結果として、誰かを切るための信念なんて出来上がるわけがない。

私は私のためにのみ
信念を持つ。
いつも。