と、最近思う。
いつも機械に向き合ってさ
完全に気を許せる人も周りにまだいないけど
まあ
普通に笑いながら話せる人くらいならいる、という状態の毎日を続けているが…。
しかしながら
私は周りに仲のいい、何でも話せる子がいないとだめ、などという不安や強迫がない。
でも不思議なんだけど
自然と仲の良い子ができるんだよね…。
あまり求めずこだわらないせいかもしれない。
人に恵まれるのは
いつものことなので感謝しつつ、受け入れているが…
最近当たり前じゃないことがある。
それは人の気持ちが感じられるって
素晴らしいことかなってこと。
共感できる能力
相手の不安、悲しい気持ち、楽しい気持ち、興奮、喜び、辛い気持ちを
少しでもわかってあげることができるって
幸せなことかなと。
共感体質すぎて
いやだ~いやだ~と思っていた
この間はなんだったのだ?
私はもともと
周りの人の感覚は、人間の感覚を通さずに
いわゆる超感覚で感じていて
ただの不快感や不安感やよくわからない高揚感を感じることはできていた。
しかし。
それを人間の感覚に落とし込めてない私。
実態のない自分のよく理解しない感覚が
勝手に入り込んでくるわけだから
良い感覚にしろ、悪い感覚にしろ
判別する感覚はないわけで
全てが違和感で、全てが不快であり
結局、幼児から子供の時代は苦労した。
しかし今は
超感覚的なものと
人間的な感覚、思考と
バランスを取って
自分や人の感覚、感情、気持ちを
感じることができるようになったのだ。
ロジカルにのみ
人間的な感覚でのみ
感情を知るってのは
ロボットみたいなもの。
古市さんみたいな感じかしら?
こういうことがあるとこういう感情が起きることは知っている。
この感情があると非常に嫌なことも知っている。
知識と感覚は違う。
私の場合は人間的な感覚をすっ飛ばして
超感覚で人の感覚を感じていたので
不快そのものだったのだ。
ノーコントロール!!
どこにいったって
他人から
自分の感覚に侵入されてしまう!!
私は幼児の時
バランス的に言うと
超感覚が標準より高めで
身体感覚(人間としての感覚)が標準よりぐっと低めだったのだろう。
だから苦労したのだ。
これが逆なら苦労しない。
シナリオをたどるみたいに
まるでテレビドラマみたいに
見たものを模倣して人生をわたっていけるかもね。
超感覚を抑え
人間的な感覚を伸ばして
やっとバランスが取れたころに
普通の人として存在できるようになった。
今では
超感覚も
人間的感覚も
どちらも大きく伸びてさらに幅広くバランスを持っている。
つまり、人の気持ちを
自分の感覚と思考をもってして
感じることが出来る。
ロジカルにも考えられるし
感覚的にとらえることもできる。どちらでも増幅は可能。
人の気持ちを感じるって
奥深いことですよ。
そのひとじゃないとわからんってのが
真実だろうけど
私は人の気持ちがわからなかったから
人間的に理解できなかったから
とても苦労したわけで
今はそれができるから
本当にありがたいと思えるのですよ。
だからもともとバランスが
ある程度とれていた人には
わからないだろう喜びをもって
その気持ちや感覚に触れているんですよ。
これって
ないものを得た
喜びなんだろうね。
なぜ今になり。
わからんけど、こう感じられたことが嬉しい。