ただ、それだけ | ひとやすみの日記

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自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆

今日、保育士の義姉ちゃんが
保育園にいる、発達障害児の話をしていた。

その時に
なんでだろうね、
どうしてそうなるんだろうね、
環境ホルモンのせいなのかな?

なんて
本当、他人ごとみたいに義親たちは
話していた。

私は…

そんな彼らを見ていて
認められないようなことがあると
こんな風に反応するんだなあ、と
清々しいような不思議な気持ちで

眺めていた。


義姉ちゃんの息子は
社会不安障害である。
どう見ても。

そして、私の旦那は
やっぱ問題ある。



自分たちの子供は
発達障害と関係ないと思って話してるような

義姉や義親のその姿。


人間て、弱いもんですよ。

でも、小学生時代から
思えば同級生たちのこんな風景を
私はたくさん見て、
違和感をもっていた。


みんな、自分の中にあるものを
ふんわり感じてるけど
認められないものを
許せていないものを

他の外にあるように見える
事象にからめて
話すのだ。
それが、
噂話。
いじめ。
そんなのになる。


義姉はその子たちの障害の
様子をたまに笑いながら話す。

その障害のおかげで仕事になかなかの負担がくるので、逆に笑い話になるのだ。
義親も笑ってる。
私はドライに場を過ごす。


まあ、彼らは悪意なく笑ってるの
わかるし
私の中にも、反応は生まれない。

責める気にもならない。

でも、思う。

全ては自分のこと、と
気づかないうちは人間
こんなもんだなあ、と。

なんだか、クリアにみえる。

ただ「それだけ」で
それ以上でも
それ以下でもないんだなって。

そんな日々。


自分たちがまともって
前提で
他に変な人がいるって
そんな話で
盛り上がる。

そんなのが
あの家族は結構好きみたいだなあ。

自分たちも
変なところはある、と
わかってもいるみたいだけど。

私から見れば
みんな
全員が全員
同じくらい
変だぞ。笑

だからこそ、みな愛しい。