「お金」はリレーのバトン | ひとやすみの日記

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自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆

お金は
「ありがとう」を形にしたリレーのバトン

きっとそんなものかなと
さっき思った。

受け取ったら
自分のものにして
いつまでも
握りしめてるもんじゃない。

家族と私の栄養と満足のもとになる食材を用意してくれたお礼に
スーパーに渡す。

快適な住まいを購入するため
肩代わりしてくれたお礼をローン会社に渡す。

快適なネットライフを過ごすために
回線をはりつづけてくれて
システムを構築してくれた会社に渡す。

ありがとう、のバトン。

私も、誰かから
ありがとう、と
受け取ることができる。

何か仕事をしてもそうだし
何もしなくても
人は ありがとうを、受け取る価値がある。
なぜならば
人は生きてるだけで
誰かのためになるから。

親は
子供に、そう思う。

家族も
友達も、
仕事であった大切な人たちも
生きててくれて
ありがとう。


他の誰かが受け取っている報酬の大きさ
彼らの労力、魅力など
自分と比較して
バランスをみて

いつの間にか
私には受け取る価値がない、と
見合わない、と
受け取る大きさを決めていた。

自分の決めた自分の価値に見合う金額より
報酬が大きくなりすぎると浪費した。

少ないと思うと、増やす時もあった。

でもそんなのは幻想だった。
5000万。毎月受け取れるか?

今なら受け取れるかな。

ありがとう と
思うところや人に
流せばいいだけだもんね。

自分のものとして流れを堰きとめる考えでは
受け取れないよね。
重すぎる。